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2018-09-07

18.8.26 若狭の秘仏ツアー2

午後イチは小浜市に戻って多田寺へ。
以前近くを通りかかった時に看板を見かけて
寄ろっかなと思ったのですが
看板に要予約と書いてあったので『残念』とその日は通り過ぎ
その後拝観が不確定となってしまい伺うチャンスを逃してたんですよね。
P150056.jpg
ツアー同行の先生のお話によると
数年前(去年だったか?うろ覚え)住職が変わり
金沢の波着寺の御住職が兼務されるようになってから
いつでも拝観できるようになったそうです。
(12~3月は降雪または諸事情のため休観)
ちなみに波着寺の御住職は羽賀寺の御住職とご兄弟だそうです。
P150052.jpg
749年に創建という古刹で、御本尊は眼病に霊験があるとされ
『多田のお薬師さん』として親しまれているそうです。
開基の勝行上人が東大寺の要職に抜擢されたことで
『出世薬師』とも呼ばれているそうです。
内陣、お厨子の前まで入れていただき、間近でお参りできました
お堂内撮影禁止
P150054.jpg
見上げる高さの須弥壇
お厨子は日光東照宮ばりのゴージャズ感で
柱に昇龍・降龍が彫られています。

御本尊は薬師瑠璃光如来(重文:平安前期)
蓮華座から頭頂まで桧の一木造 薬壷無し
なんとなくぬぼっとした表情に見えるのは
ややさがり目なのと、目の周りの色が薄くなってるからだと思いますが
目に直接触って祈願していたのではないか とのことです。
衣が内股に吸い付いてる感じが、太ももの肉付きの良さを想像させます。

左が十一面観音立像(重文:平安前期)
台座から頭頂まで桧の一木造
薬師三尊の見解から日光十一面観音菩薩と呼称しています。
若狭で最も古い像で、薬師像より古く、パンフでは白鳳時代と表記。
孝謙天皇を模したと伝えられ、細身で奈良時代の作風。
優しい顔立ち 微笑が自然 若狭のモナリザ(パンフでは東洋のモナリザ)
御本尊よりもこちらのほうが推しらしく
パンフの表紙も十一面観音様でした

右が菩薩立像(重文:平安前期)
月光菩薩として伝来 蓮華座から頭頂まで桧の一木造
解説では聖観音とのことだったので
パンフに記載の聖観音立像(藤原時代)かな。

若狭おばま観光協会サイトより
多田寺
須弥壇四隅には四天王像(県の重文:平安前期)
短胴・短足で、ずっしりとした見た目。

須弥壇後ろの壁の上段に左右に分かれて十二神将
下段の壁には阿吽の獅子が描かれていました。
その左に空海像、右に阿弥陀坐像3体
とても見ごたえのあるお寺さんでした

御朱印は2種あり
皆さんもうバスに向かわれてて両方いただく時間がなかったので
最初御本尊でお願いしたのですが
「眼病霊験顕著の墨書きが必要なら書置きでお願いします。
 私は書けないので。」とのことだったので
日光十一面観世音でいただきました。
この時は女性の書き手さんでして
御住職だと書いていただけるのかな?
P150080.jpg
続いて若狭彦神社のすぐ近くの蓮華寺へ。
こちらは普段拝観不可で、御住職曰く
「勘違いしてて。本来なら今回も断ってたところ。」と。
撮影禁止。
お堂に入る前に建物を撮影したのですが
「消去してください」とのことでした。

御本尊は阿弥陀三尊像(鎌倉初期)
残念ながら垂幕でお顔はよく見えませんでした。

境内に龍前薬師堂(収蔵庫)があり
こちらは予約すれば拝観可とのことです。 拝観料¥500
先ほどの「勘違いした」というのは、こちらの拝観だと思ったのかな。
添乗員さんの計らいで
急遽こちらもツアーの行程に入れてくださいました
拾い画像
竜前薬師堂
御本尊は銅像薬師如来立像(鎌倉中期:重文 旧国宝)
若狭彦神社の神仏習合の本地仏として造られた像高50.9cmの像です。
背中には『若狭国一宮本地 宝治二年戌申六月日』の銘文が刻まれており
鎌倉時代の宝治二年(1248)に造立されたことがわかります。
金銅の一鋳で全身を鋳ぬき、両手先のみを取り付けています。
各所に残された鍍金の痕跡から、当初は金色に輝く姿であった事がわかります。
整った相好と低い肉髻、柔らかく端正に表現された衣文などは
鎌倉時代の特徴を示しています。
若狭彦神社は霊亀元年(715)に創建
若狭国総鎮守として鎮座し、11世紀に一宮制度に則って若狭国一宮となり
鎌倉時代には国衙や守護所と結びついて顕著な隆盛をみることになりました。
こうした流れの中で、本像が都で造立され神社に納められたものと考えられます。

みほとけの里若狭の秘仏FBより
(余談ですがみほとけの里若狭の秘仏特別公開は
今年はないんだそうです
竜前薬師堂1
お薬師さんを囲んでいる十二神将はなぜか13体あり
「卯がいつの間にか紛れ込んだ」と仰ってました
廃仏毀釈のごたごたの時だろう とのことです
竜前薬師堂2
このあと熊川宿散策の予定でしたが
暑すぎたので道の駅若狭熊川宿で休憩&お買い物に変更。
P150058.jpg
P150061.jpg
最後に番外編として滋賀県高島市の保福寺へ。
P150075.jpg
同行の先生が拝観したかったんだそうです
P150079.jpg
いろんなお花が咲いてました。
P150078.jpg
P150076.jpg
最初お堂には行った時は
小さなお厨子に入った観音様が祀られていて
『小さい御本尊やな~』と思ったのですが
そちらは御前立でして
御前立や仏具を後ろに移動していただき
大きいお厨子が御開帳されると
存在感のある御本尊の登場に「おぉ~!」ってなりました
P150063.jpg
木造釈迦如来坐像(重文:平安前期)
髪は螺髪、目は切れ長、鼻は大きく、口は分厚く
衣は薄くしなやかな波模様が付けられています。
もとは朱衣金体で豊満などっしりとした重量感があります。
この仏像は元は寺の西方にあったとされる大法寺の仏像といわれ
織田信長の焼き討ちの時に
村人によってもちだされたと伝えられていて
『焼けのこりの釈迦』とも呼ばれています。

P150065.jpg
半丈六 天台系 元は薬師如来?
醍醐寺の薬師如来に似てるかな?
胸張り 膝が出てる 顔穏やか 口元犬っぽい 肉髻の段が緩やか
手に水かき 足の裏が衣に隠れていない
P150071.jpg
御前立の千手観音様もお気に入り
高座を年寄が掲げてるのが面白い
P150069.jpg
奥様がお話をしてくださったのですが
上品でお優しいお人柄で
今年の2月にご住職が亡くなられたお話が出た時は
言葉が詰まり涙をこらえているような感じがして
もらい泣きしそうになっちゃいました。

お堂の前にお地蔵さまや石仏がたくさんあり
P150072.jpg
1つ1つに境内に咲いているお花が供えられています。
(多分奥様が育てられてるんだと思います)
P150073.jpg
ツアーの参加者さんが
「お供えのご飯がおにぎりになっているのは
この辺りの風習ですか?」とお聞きすると
「烏が食べに来るから
持って行きやすいようにおにぎりにしている」と。
烏のために!
もう、ほんとう感動しました
P150074.jpg
御朱印は御住職が御存命の頃はやっていたようですが
今はやっていないそうです。

今回のツアーも、知らなかったところ
自分ではなかなか行けないところに連れて行っていただき
充実した1日でした
「若狭の秘仏ツアーなのに最後の滋賀に全部持ってかれた」
と仰ってました

theme : 神社・仏閣巡り
genre : 旅行

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