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2018-08-03

18.7.28 服部神社

あけぼの広場に移動
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五彩の小路を抜けると
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古総湯があります。
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お隣が総湯
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前が星野リゾート界加賀
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服部神社 「はとり」と読むんですね。
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お祭り用のステージが組まれていて石段を登れなかったので
保育園横から入りました。
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琴平神社
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鳥居がえらい低くて、扁額が目の高さ
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ペガサス しかも波に乗ってる
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725年に行基が白山に向かう途中、湧水で傷口を癒す烏を見て
その湧き水が温泉だったことが山代温泉の始まりといわれています。
こちらの手水はその烏だと思われますが
ちょっと普通の烏と違うね。
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そのカラスは八咫烏だともいわれていています。
古事記や日本書紀に出てくる八咫烏は
神武天皇が大和征伐を行う際、道案内をしたという烏で
中国の伝説では太陽の黒点の中にいるとされた伝説の三本足の霊鳥で
咫(あた)は長さの単位で
親指と人差指を広げた長さ(約18cm)のことですが
八咫は『大きい』という意味だそうです。

この形の塔が石川っぽくない?
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枯れ枯れ茅の輪がありました
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立派な拝殿です。
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ルンバ乗り型狛犬
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阿形さんは下あごが取れちゃったのかな
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おっきなスズメバチの巣があったので即退散
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右隣に白浪稲荷社
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和銅年間(708~714)に筑紫国宗像大神(福岡県の宗像神社)の
工女が山代へ来て機織や裁縫の技術を伝え
機織の神の天羽鎚雄神(あめのはづちをのかみ)を祀る。
元は大堰神社(おおひじんじゃ)付近にあった。
天文21年(1552)越前の朝倉義景の戦火にあって社殿が焼失。
江戸末期には廃絶されていたが
明治8年(1875)現在の場所に服部神社を再興。
菊理媛神を祀る白山神社と合併して郷社となった。
昭和15年(1940)に拝殿を新しくし、旧拝殿は解体されて大堰神社に移築。
平成3年に山代日子命(やましろひこのみこと)を祀る神明社と合祀。
山代日子命は山代温泉の守り神。
大国主命の子供で
古くから神明社(通称山代下社:現在の山下家の場所)に祀られていた。
『山代』という地名の語源ともいわれる。

山代日子命が記載されてませんが
この石碑が古いのかな?
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お祭りは夜なので昼間なら御朱印いただけるかと思いましたが
お留守でした


続く、、、

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genre : 旅行

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