2017-02-25

17.2.18 飛鳥寺

続いて飛鳥寺
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588年に百済から仏舎利が献じられたことにより
蘇我馬子が寺院建立を発願し
596年に創建された日本最初の本格的な寺院。

『あれっ?向原寺は?』って思いましたが
瓦を使っている本格的寺院として日本最初ということみたいです。
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丸ポスト懐かしい~ でも色がなんか違う。
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ポストの横に喫煙所あったよ
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思惟殿
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御本尊は聖観世音菩薩
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鐘楼
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講堂の前には創建当初の金堂の礎石が残ってます。
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拝観料¥350と良心的
こちら撮影OKでした
平城京遷都とともにならまちに移転したのが元興寺で
飛鳥寺に使われていた建築材や瓦も運ばれ再利用された。
大仏は本元興寺と名を変えた飛鳥寺に残った。
現在は1828年に建てられた安居院(あんごいん)がこの大仏を安置している。

御本尊は銅造釈迦如来坐像
飛鳥大仏とも呼ばれています。
鞍作止利(くらつくりのとり:止利仏師)の作。
止利仏師って法隆寺金堂の釈迦三尊像で聞いた名前ですね。
表情が左右で違うという、モナリザ的な特徴を持っています。
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手の指と指の間には水鳥の足のようにひだがついていて繋がっています。
これは何人たりとももらさず救い上げるという仏の教え表しているそうです。
この飛鳥大仏は2度の落雷による火災と一時期雨ざらしにされていたことにより
かなり破損し、頭と指しかなかったのですが
発掘により様々な部分を見つけ修理していきました。
つぎはぎが見えるのはその為です。

体部のほとんどが後補と言われていましたが
2012年の調査では現存像の大部分が造立当初のものである可能性が高いと
結果が出たそうです。

開眼当初の姿を表した図。
見事な光背と脇侍があったそうです。
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御本尊の右側に藤原時代の阿弥陀如来坐像
ちょっと痛々しい感じ
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左側には室町時代の聖徳太子孝養像
16歳の時、用明天皇(父)の病気回復を祈願している姿だそうです。
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太子像って子供の時のしか見たことなかった(と思う)から
なんか新鮮でした
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中庭
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昭和30年代に行った発掘の出土品等の展示
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こちらの門から出ると
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西門跡があります。
発掘調査後埋め戻されて広場になっています。
中大兄皇子と中臣鎌足が槻の木の広場での蹴鞠会で
最初出会ったと伝えられています。
蘇我入鹿を天皇の前で暗殺して(乙巳の変:いつしのへん)
大化の改新となるわけです。

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蘇我入鹿の首塚もあります。
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御朱印いただきました。
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2008年の大仏開眼1400年記念の散華もいただきました。
2008年では私がまだ御朱印巡り始めてない頃やな~。
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1400年以上も同じ地で安置されてるなんて
なんか想像できないですね。
いや、想像しなくても実際にあるんだけどさ。
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続く、、、

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