2016-03-15

3/13 霊雲院・玉鳳院

またまたやってきました妙心寺さん
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京の冬の旅39年ぶりの公開の塔頭霊雲院さんへ。
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こちらは通常非公開ですが
法話会や座禅会に参加すると方丈庭園は見学できるようです。
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受付手前にあった哲学者西田幾太郎のお墓。
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唐門が受付になっています。
これより先は撮影禁止です。
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室町時代末期に創建された妙心寺の塔頭寺院で
妙心寺四派の一つ「霊雲派」の本庵。
室町時代建立の書院は銀閣寺の東求堂『同仁斎』とともに
簡素な初期書院造の貴重な遺構として知られ
後奈良天皇が行幸されたことから『御幸の間』と呼ばれる。
室町時代に子建西堂和尚(是庵)が作庭したと伝わる書院前庭は
10坪ほどの極めて小さな庭内に
枯滝と蓬莱山水を兼ねた石組みを配した枯山水庭園である。

冬の旅サイトより
霊雲院
この日は11:30受付終了だったからか参拝者が多くて
こちらで庭園の説明を聞いている間に
次のグループの方丈の説明が始まっちゃって
ガイドさんの声がカブって、なんか頭に入ってこなかったです。
というのは言い訳で、1日でたくさん参拝したから
どの説明がどのお寺だったか、こんがらがってます

方丈の縁側に座って、庭園越しに見る
伽藍の屋根が見どころの1つだそうです。

確か本堂に御本尊は祀られていなくて
円満本光国師・特芳禅傑禅師の像を安置している
と言ってたと思います。

先代住職が『京の冬の旅』の題字を書かれたそうで
大きな額が展示されてました。
ガイドさんが「コレを見て欲しい」と推してました
この字です
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西陣織のお軸と
赤い着物を着た還暦雛も飾られていました。

書院『御幸の間』の障壁画は狩野元信筆の
紙本水墨淡彩山水花鳥図と琴棋書画図。

都林泉名勝図会という江戸時代に刊行された
京都の名園のガイドブックのようながあり
この挿絵と今現在の石組みや植物の位置が
ほぼ変わっていないそうです。
検索したら出てきました
霊雲院庭園
出口はコチラ 観音様がおられました。
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法隆寺夢殿におられる救世観音菩薩立像とそっくりですが
お顔と光背の火焔がビミョーに違いますね。
写真撮ったらなぜか火焔の部分だけ薄紫になりました。
(加工じゃないんですよ~)
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御朱印の墨書きは『大慈大悲観世音菩薩』となっているので
こちらの観音様でしょうね。
墨書きというかスタンプなんですが
書置きではなく御朱印帳に直押ししていただけます。
P60587.jpg
それから玉鳳院さんへ。
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鐘楼
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牛石
関山慧玄が伊深(いぶか・岐阜)にいた頃は
牛を追い田畑を耕す生活をしていたそうです。
京に上洛する事となり
懐いていた牛が涙を流し追いかけたと言われているそうです。
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こちらも撮影禁止なので冬の旅サイトより
玉鳳院
妙心寺塔頭の中で最初に建立された寺院です。
妙心寺開祖の関山慧玄(無相大師)の
遺骸を葬られた開山堂(微笑庵)があります。
開山堂の東北隅には
武田信玄・勝頼の石塔や織田信長・信忠の石塔などが並んでいます。
枯山水庭園の奥には
豊臣秀吉の第一子・鶴松の霊屋(祥雲院殿)があります。

こちらは2012年3月にも冬の旅で伺っているのですが
方丈や庭園のことはすっかり忘れてました
井戸と開山堂のことは、かろうじて覚えてました。
やっぱり写真が無いと記憶に残らないな

方丈には正面に開基の花園法皇の像が祀ってあります。
その内陣の両側に螺鈿があり
○○から移築されたと伝わるそうで(←聞こえなかった)
年代的に合ってないから本当のところはどうか分からないが
もし本当なら楊貴妃も見ていたはずだそうです。

襖絵は左から麒麟図・竜図・山水図(以上は狩野安信筆)
右手奥の上段の間は金色の秋草図(これだけ伝狩野益信筆)
パンフ等では竜図が使われていますが
麒麟図も好きです

玉鳳院には住職がいなくて塔頭の住職が輪番制で務めているそうです。

塀には白い横線が5本引かれていて
筋塀(すじべい)といって、横筋を定規筋というそうです。
寺院の格式を表していて、1~5本あり
5本の筋が最高格式で
現在は最高の5本筋以外は滅多にお目にかかれないそうです。
先に行った髄心院と霊雲院にもありました

開山堂へ向かう廊下?に『風水泉』という古井戸があります。
この井戸の横で開山の関山慧玄が
立ったまま入寂されたそうです。
『坐脱立亡(ざだつりゅうぼう)』という言葉があり
坐脱は坐禅をしたまま亡くなること
立亡は立ったまま亡くなることで
立亡が1番崇高な亡くなりかただそうです。

こちらで祥雲院殿の説明も聞きました。
鶴松は3歳で亡くなってしまったそうで
「秀吉はそれからおかしくなったんや」と
ガイドさんが言ってました
天女の天井画が素敵でした
秀吉は鶴松の死後
東山の方広寺の近くに祥雲禅寺という寺院を建てます。
豊臣家が滅亡すると
豊臣家関係の寺社を消滅させようとする徳川家の政策により
反豊臣系の寺院として創建された隣の智積院に併合されたそうです。

開山堂『微笑庵』は内部には入れず外からの拝観です。
灯火と香は24時間毎日ずっと絶やしていないそうで
お香のいい香りが漂っています
開山堂の前には妙心寺型燈籠が2基あり
正面には平唐門があります。
日本最古だそうで
「次は間違いなく国宝になるだろうから、近くで見れる今のうちに
応仁の乱の時に付いた『やじりの傷跡』をぜひ見てください」
と言っていました。
平唐門
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向唐門 屋根の向きの違いだそうです。
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この子は前回も同じアングルで撮ってました
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こっちの子は光の加減でよく見えなかったんだけど
写真で改めて見ても髪の毛があるように見える
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書置きの御朱印をいただきました。
墨書きが印刷で、印は押されてるようです。
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前回いただいたのはこちら。
墨書きも印も思いっきし印刷です。
墨書きも違いますね。
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続く、、、

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