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2019-03-17

19.3.10 建仁寺塔頭2

続いて両足院へ。
P170110.jpg
こちらの毘沙門天は黒田長政(官兵衛の息子)が
関ヶ原で兜に入れて身につけていたそうです(秘仏)
元は鞍馬寺に祀られている毘沙門天の胎内仏だったとか。
P170117.jpg
七類堂天谿筆 方丈襖絵
平成26(2014)年建仁寺開山栄西禅師800遠忌での
襖絵プロジェクト
完成して初公開だそうです。
前回参拝した時と印象がガラリと変わってました。
書き手は雪舟の再来と讃えられ
雪舟と同じ「天童第一座」の称号をも授けられた
道釈画家の七類堂天谿氏に依頼しました
道釈画とは、水墨画の中で
道教と釈教(仏教)の教義・画題を描き示すものです

拈華微笑(ねんげみしょう)の場面が描かれていて
正面は金波羅華(こんぱらげ)を持ったお釈迦様
周りに摩訶迦葉尊者(まかかしょうそんじゃ:釈迦の後継者)や
阿難尊者などの釈迦十大弟子が描かれています(確か)
日本で初めて饅頭を作った林浄因も描かれています。
撮影禁止なので両足院HPより
両足院方丈襖絵
ガイドさんが
「こちらに描かれていないもう1人が隠れてます」
と仰ったのですが
ゼンゼン分からなくて、質問したら
指を指しながら「この辺りに鼻筋の通った方が」
「え?この方ゼンゼン隠れてない、ハッキリ見えますけど?」
うちの見かたがおかしいのか?
両足院方丈襖絵2
半夏生は葉っぱも出てなかった。
P170114.jpg
カラスが何か啄ばんでた。
P170112.jpg
伊藤若冲筆の雪梅雄鶏図は好評につき最終日まで展示期間延長
京都市観光協会FBより
両足院雪梅雄鶏図
長谷川等伯筆「竹林七賢図屏風」「水辺童子図襖絵」
等伯は縁取りが太めなのね。
公式FBより
両足院水辺童子図
しろき観音像
両足院には江戸時代初期の近江商人で
百貨店白木屋(後の東急百貨店)の創業者一族である大村家の墓があり
現在の両足院の方丈など建物の多くは
大村家の寄進によって建てられたものである。正徳元年(1711)二代目・大村安全の頃
白木屋付近は良水が乏しかった為、井戸掘りの工事をすることになった。
二年間にわたる相当の難工事であったという。
その時いくら掘っても良い水が湧き出ないので
職人も半ば諦めていたところ
ある日ふと鋤の先に何か手ごたえがあった。
丁寧に掘り出してみると、大慈大悲聖観世音の尊像だった。
白木屋ではこの尊像を仮の御宅に祀って
毎日朝夕、甘泉を授け給えと祈ったところ
間もなく地底から良水がこんこんとして湧き出て
その後この水は「白木屋の井戸(白木名水)」として
江戸庶民の喉を潤した。現在、その尊像は東京・浅草寺に安置されている。
天保十三年(1843)、八代目・大村彦太郎経全が
白木観音と同じものを両足院に奉納したのがこの白木観音像である。

両足院しろき観音
御朱印守符になった「しろき観音図扇面掛軸」も
七類堂天谿筆なんですね。
P170147.jpg
P170148.jpg
御朱印守符 
襖絵4種(絵柄は文殊獅子と普賢白象の2種)の中から
厄除開運と女人守護をいただきました。
P170146.jpg
定番の知足をまだいただいていないのですが
書置きはあったけど
いつか直書きでいただくチャンスがあるかもと
今回もスルー。
満作
P170116.jpg
栄西禅師はお茶の実を持ち帰った人
P170118.jpg
それから霊源院へ。
P170119.jpg
今回は書状や掛軸がたくさん展示されていました。
『自画自賛』という言葉は
画(絵)も賛(書)も自分で書くことが由来だと教えてもらいました。
肖像画と賛が書かれたものを渡すのが
禅の世界のお免状のようなものなんだそうです。
P170121.jpg
中巌円月(ちゅうがんえんげつ)坐像の胎内仏の毘沙門天立像は
湛慶作と言い切ってました。
京都観光Naviより
霊源院毘沙門天
韋駄天さんは正直記憶に無い
見過ごした?
公式HPより
霊源院韋駄天
釈迦誕生仏は頭大きめで、何かのキャラクターみたいでした。
茶席も賑わっていました。
甘露庭撮り忘れ。
たくさんあった御朱印の中から
一休さんと渡唐天神をいただきました。
P170169.jpg


続く、、、

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genre : 旅行

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Author:takac0421
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