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2018-05-30

18.5.27 岡太・大瀧神社 上宮

大祭の時にいただいた絵地図で
上宮の上に白山伏拝があるのを知ったんですよね。
去年登った時はそれ以上進めると知らなくて
お参りしただけで降りちゃったの。
宮司さんも「白山がきれいに見える」と仰ってたし
見てみたい
奥の院map
この時点で17:00
でも今日はいい天気だし、最近日も長くなってきたし
もっと暑くなってからでは余計辛いから、強行
奥の院参拝者はストックをご自由にお使いください。
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道中石碑が点在していますが
どれがそうなのかイマイチ分からず
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鳥居まで来たら半分くらい。
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神馬の足跡 の跡?
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み火焼き所は分かりやすい。
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←付いてたわ
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ひじり堂の跡は物置になってます。
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約30分で到着~。
拝殿きれいになってますね。
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前回木の木端とか浮いてて
あんまキレイじゃないとか言っちゃったけど
神聖なご神水でした
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お参り
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こういう書体、何ていうんでしたっけ?
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岡太神社の狛犬はおかっぱ系。
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八照宮の左側に
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あったわ、道が。
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カサカサと音がするたびに
熊か?蛇か?猿か?蛇か?猪か?蛇か?
とビビりまくり
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おんなじ(大汝)の跡に
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神籬(ひもろぎ)の大杉がありました。
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大杉の前の開けたところが大瀧城本丸跡
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で?
ここからどっちへ行けばいいの?
斜面を覗いてみたら月尾神社の案内板が。
これ道なん?
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月尾神社に行っちゃったらに戻ってこれなそうだし
白山伏拝って上のほうにあるイメージだから下っちゃダメでしょう
と思い、ここを降りるのはやめておきました。

で、行き場が無くなり
『もしかして右側から行けるのかな?』とお社まで戻って
右側の観音堂の跡や
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みこし堂の跡を通り過ぎて
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道はまだ続いてるのですが、どうも下ってるような…
結局行き方が分からず
意地になってこんなとこを登ってみたり
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第二大杉のところみたいです。
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木の枝がジャマして景色はほぼ見えず。
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切れ目から山が見えたけど、これはきっとみ白山じゃない
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この時点で18:00
さすがにおひとり様では心細い時間になってきたので下山しました。
結局白山拝めなかったよ~
今度は誰かに聞いてから登ろう。
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私、何を血迷って「四阿山に登りたい」とか
身の程知らずなことを言ってたのかな。
1.1kmでゼーゼーだよ
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genre : 地域情報

2018-05-29

18.5.27 岡太・大瀧神社

講演会の後、紙の文化博物館に行ってきました。
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特別展『大瀧神社の至宝』 2回目
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出陳品一覧が無いので
仏像と同じディスプレイの展示だけメモってきました

川上御前像(軸)大瀧神社蔵 近代
川上御前
阿弥陀如来坐像 神宮堂蔵  平安後期 定朝様
虚空菩薩坐像     〃    平安初期
         引き締まった胴や、顔をやや前に突き出した姿勢など
         奈良時代の特徴を残す

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薬師如来坐像     〃    平安末期
         薬壷を持っていたかは不明
十一面観音坐像 大瀧神社蔵 平安中期
         大瀧寺本堂本尊が里に降ろされたと伝わる
         大瀧稚兒権現の本地

大祭の時は観音堂におられ、こちらはパネルでしたが
5/9からこちらに展示されているそうです。
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十一面観音立像 大瀧神社蔵 鎌倉時代
神像            〃   平安中期
↑2体はかなり風化が進んでました。 泰澄大師作?
神像は社殿の奥に安置して扉を閉め
仏像の様に常時礼拝しないので
この様に風化してしまう例が多い

獅子頭 大瀧神社蔵 室町時代
     平たく目鼻の彫りは単純で力強い
四神像 大瀧神社蔵 江戸後期
    棹の上に乗せて祭礼の行列に加わる

それから講演会で聞いたことの確認に下宮へ向います。
横山大観揮毫の石碑と一の鳥居
いつも車で素通りしてたので気が付かなかった
こちらの揮毫を御朱印にしたんですね。
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地蔵堂があって
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その後ろ奥に神宮堂
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博物館にお出ましなので、今は写真
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仏像盗まれるんじゃ?ってくらい質素なお社なので
詳しい場所を書くのはやめておきます
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木が青々としてて、増し増しでいい感じ
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観音様もお留守なんですが
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よみがえる別山堂特別公開中
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奥の院拝殿の改修のときに
屋根の中から別山堂の部材が出てきたそうです。
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この日も観光バスが来ていました。
今年に入って100台超えてると聞きました。
有名になったんですね~。
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扁額の龍の彫刻も見事
目は玉眼やろか?
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今回はちゃんと金保神社・巌乃神社もお参りしました
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太鼓の音が聞こえてきました。
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地元の方はいつも参拝者welcomeな雰囲気なんですが
この日も『神輿殿の扉が開いてるから見においで』ってな感じで
手招きしてくださいました
週1で練習をしているんだそうです。
結構激しいリズムです
↑の方は80歳越えで
大祭(御神忌を含めてだと思いますが)は3回目だそうです。
↓の方は山伏の役だったそうで
「1番前だからに全然映らんかった」と仰ってました
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御神輿4基
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1番左は50年に1度の御神忌と33年に1度の式年大祭に登場する
川上さんの御神輿(大神輿)
2番目は子供神輿
3番目は毎年の例大祭で登場する山神輿
1番右が神輿渡御で五箇を回る里神輿(渡り神輿)
だそうです。
神輿渡御は結構荒々しいのでね
親棒に遊び(可動域)を持たせているそうです。


続く、、、

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2018-05-28

18.5.27 岡太・大瀧神社 講演会

5/27はパピルス館での講演会
『宮司さんに聞く、和紙と神社の歴史』に参加してきました。
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越前和紙の里FBより
この中に私がいるんですね~。
宮司さんに聞く
宮司さんは話し慣れてらっしゃるようで聞きやすかったです。
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『そういえばボイスレコーダー買ったんやった』
と思いだし、約1年半ぶりに出番が来ました
終わってから確認に行ったを添えて
お話の内容を書きだします(長文です

紙漉きは今でいう伝統産業、そう遠くない昔までハイテク産業
裏日本 大陸文化(朝鮮半島)今でいう難民が上陸して技術をおろす
川和田漆器、宮崎陶芸、朽飯(くだし)機織(朽飯八幡)
丹南地域(武生盆地)を中心に凝縮している
盆地 海抜が低い 葦原 ふちにしか生活する空間がなかった
川上御前 韓様式(からようしき)芭蕉扇を持っている
川上御前
元々の神の信仰 お社にいらっしゃるのではない
天にまします神、地にいます神
我々が祈りをこめた時に魂が宿る(依代:よりしろ)
神様にお願いして身近なところに来ていただく
お社のしろは依代のしろ
水の神様(水分:みくまり)は紙漉きに重要
紙漉きに足るほど豊富にありますように、質の良い水が出ますように
水害で苦労しないように(アニミズム:自然崇拝)
そのために神様を大事にします
御神威 我々が祈ることで増す(誰も参らなくなると御神威も無くなる)
紙 正倉院(天平年間)記録に残る 現存する物的証拠

大瀧村氏神之由来
719年泰澄大師が紫雲たなびく村を訪ねると
そこには清い川が流れ山頂からは前年に自らが開いた白山が見えた
そこへ白い球が飛来して稚児に姿を変え
再び白玉に変化したのを石櫃に納めて七堂伽藍を建立した
この稚児が大瀧兒大権現であり小白山大明神である

なぜ白山から遠いこちらを霊場にしたか?
布教するのにお経を写す紙があると有利(当時紙が豊富に無かった)
既に延喜式神名帳に記された今立郡岡太神社があった
今立とは新しく作ったという意味(今立った)丹生郡大きかったから分けた
地元の信仰を大切にして鎮守の神としてお迎え(御前立)
白山信仰本地仏として十一面観音
神道主祭神として伊弉諾尊・国常立尊
大瀧兒権現と称して別当大瀧寺を建立 40坊越え 修験道600余名
大瀧兒権現という大きな括りの中に
大瀧寺と岡太神社が並んでほうがん(包含?)されている
中世から明治まで

一番栄えたのはいつ頃か? 紙作りと表裏一体
地域が栄えれば信仰も厚くなる 御神威も増す
鎌倉時代になると産業もシステマティックになる(貨幣) 紙座発達
南北朝での戦乱の後 紙座の頭領 頭角を現す(三田村家)
織田信長一向一揆 一山焼かれる
わずか3ヵ月後、府中三人衆が来て
安堵状(あんどじょう:独占製造販売権)発行
民衆は守られた 優遇する(保護する)ことで上がりを出させる
伽藍も随時復興

復興して安定した時期の絵図版画と現在の絵地図との比較
白山三峰と同じ配置 大汝跡・白山伏拝(御前峰)・別山堂
山城があった 堀切跡くらいしか残っていない

秀吉・徳川の時代 奉書紙(公文書用紙)需要高まる
幕府の庇護を受ける 屋根に葵の御紋ある(福井藩)
祭礼図絵馬(旧和紙組合休憩所にレプリカある)
祭礼図絵馬
御神輿 神迎えの行事(お下り) 女性いない(女人禁制)
絵図の中に神主1人しかいない 赤い袍(ほう)を着ている お坊さん沢山
下宮 右側護摩堂 茅葺の拝殿 湯立神事(平釜3つ現存)
石積みの上に本殿 法華八講  民衆喜んでいる姿(女性・子供)
願主石川 氏子総代の御先祖では?
絵馬奉納天保5年 現在の下宮社殿天保14年 15年が御開帳(式年大祭)
祭催行大瀧寺 差配役紙座頭領三田村家

下宮の社殿は国の重要文化財
建物だけでなく
どういう経緯でどういう人がどういう形で建てたか記録が残る
歴史的に裏付ける貴重な資料
奉加帳(誰が寄進したのか)が石川家の屋根裏から出てきた
江戸後期 優美な社殿建築 複合社殿
本殿の屋根 一間社(いっけんしゃ)流れ造り
幣殿の上に一体構造
幣殿の入口は唐破風、幣殿の屋根は千鳥破風
2つをまんまコピーして上に乗せている
無くてもいい(当初の絵図面には上2層は無かった)
名棟梁と呼ばれた大久保勘左衛門が末代まで残る良い物を作りたい
作りたくても財力が無いとできない
当時の紙座が棟梁の意思を組んでやる度量があった
天保の飢饉の時代にこれだけの社殿を建ちあげることができた
紙屋さんの財力と心意気の最たるもの

上2層無ければ丹波篠山の柏原(かいばら)八幡宮のお社と似ている
三田村家丹波から血縁関係迎え入れ 永平寺にも丹波から大工が行った
柏原八幡宮のお社(関が原の頃)からヒントを得たのでは?

ギミックある
絵図のように拝殿は下(今の石段の辺り)にあった(観音堂として移築)
拝殿から見上げた時に屋根の先端がきれいに揃って重なり合うように見える
今は石段の下から見上げると神門で屋根が隠れてしまう
この辺りがギリ
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そう言われれば、屋根が下向きのような。
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先端左右に揃っていない(アシンメトリー)
完成形でない(未完のまま存在する)日本的な考え

屋根の吹き降ろし 成りが小さいので曲線を出すのは瓦ではムリ
桧皮葺きでカーブを作りこむ
桧皮葺き30年が限度 平成になる前吹き替え 補修したがそろそろ限界
前回吹き替え4500万円 現在億近い
そのことになりましたら御協力お願い

基壇は赤茶の凝灰岩(ぎょうかいがん)と青の笏谷石で2層になっている
コントラスト際立つ
角の石は通常2つで繋ぐが大きな石を『状に切り出している
一体ものだから角がずれない 贅沢な造り
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碁盤の目の石 正方形でなく長方形で見せかけの筋を入れている
(確認し忘れた)
小さいものは地盤沈下でデコボコになる 大きければ影響が少ない

明治維新 体制が幕府から天皇へ移る
幕藩体制の基礎 仏教が補う お寺の門徒になることで戸籍を管理(過去帳)
同じ政治体制を引きずると頭が変わっただけになる
神道と仏教を明確に分ける 神仏分離は政治的な判断
幕府体制からの決別の表れ
大瀧兒権現⇒大瀧兒神社 怒られた(兒は仏教用語だからダメ)⇒大瀧神社
岡太神社そのままだと大瀧神社の摂社末社 小さい扱いになってしまう
上宮にお社があるから下宮は遥拝所に

粟田部の岡太神社
日野川から日野山に囲まれた地域全てと
北は戸口まで大瀧兒権現の氏子区域 粟田部も入る
地元に社格の高いお宮さんを迎えるのがステータス
官幣社・別格官幣社・縣社・郷社・村社
縣社 神名帳に載っていること
当時大瀧兒権現として存在して岡太神社として表に出ていない
明治に変わったときに粟田部にきぐぐんぺいという頭の良い方がいて
岡太神社の名前をいただいていった
明治以前の岡太神社の記述は粟田部地籍には残っていない
それまでは白山神社だったから
こちらは岡本地域にあるから「おかもと」と読む
向こうは岡本地域ではないから「おかふと」

聴講者からの質問① 彫刻は誰が彫ったか?
棟梁の大久保勘左衛門を筆頭にたくさんの人が関わっている
近江からも職人が来ている
1つだけサインがある(確認忘れ) 語り部の方は御存知
獅子の口と目だけ彩色あり(同上)
鯉の滝登り 登った鯉は龍になる(登竜門)
金網で見にくい
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鯉が天に昇る途中の姿の彫刻を見つけた人は幸せになる
大祭の時に見つけたけど
パイプで見栄えが悪いので投稿しなかったこちらでは?
翼が生えてて『龍というよりドラゴンやな』と思っていたのですが
こちらが龍になる途中の鯉なら
翼じゃなくてヒレ?
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聴講者からの質問② 継体天皇が紙漉きの技を… と聞いたことがある
社伝と矛盾する 出生諸説あり

講演が終わってから上宮のご神体について質問してみました。
岡太神社は川上御前
大瀧神社は国常立尊・伊弉諾尊
八照宮は八幡神   だそうです。

毎年の春の例大祭では山神輿1基がお迎えに上がり
川上御前・国常立尊・伊弉諾尊の3体が一緒に御神輿に乗る
秋のお祭は大瀧神社のお祭なので国常立尊・伊弉諾尊の2体のみ
50年に1度の御神忌と33年に1度の式年大祭には
川上さんの御神輿(大神輿)と呼ばれる御神輿も登場(2基)
今年は1300年大祭なので+月尾渡御のお厨子のような神輿も上がった(3基目)
お下りとは別に五皇神社川上御前が里帰りされたお厨子のような神輿もあり(4基目)
ということみたいです。

疑問に思っていたことが大分解消しました
講演会に参加できてよかったです


続く、、、

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2018-05-25

18.5.20 三井寺・三尾神社

時間が無いので光堂だけで、三井寺へ即移動
またナビが曲がれそうにない道に曲がれと言って
通り過ぎちゃってウロウロし
駐車場も出口専用になってて通り過ぎちゃうし
三尾神社に¥500と看板が出ていたので停めさせてもらいました。
拝観時間ギリギリすぎて写真撮る余裕も無く金堂へ。
はやる気持ちが足早にさせる

あお若葉の競演
5分くらい過ぎちゃってたけど、他にも数名いらっしゃったし
受け付けていただけました。
やっぱり三井寺さんは優しい
内陣に入って塗香とお加持を受けました。

べんべんのFBより
入口から順に三井曼荼羅のお軸、木造文殊菩薩、新羅明神のお軸
中央に弥勒菩薩のお厨子、三尾明神のお軸、木造普賢菩薩、大日如来
Kさんの「影がカッコイイ」の一言にズッキュン
目の付け所が違うね~
三井寺金堂
センターは金堂の御本尊で絶対秘仏の弥勒菩薩像
が御開帳されるわけがなく、お軸が展示されていました。
三井寺のHPより
三井寺曼荼羅
お厨子は小さなお社のような感じで
檜皮葺?の屋根がついていて、汚れてる感じもして
『大昔はお社として外にあったんじゃないか?』と勝手な推測。
天智天皇の念持仏と伝わる御本尊の他に
推古天皇、聖武天皇、陽成天皇、藤原鎌足、藤原道長、行基菩薩
が奉納した6体の弥勒菩薩が納められているそうです。

勧学院本尊の大日如来坐像(江戸時代)
丸顔で、宝冠から覗く髪がポンパドール風
目は割と大きめ(半目くらい) アヒル口っぽかったです
三井寺大日如来坐像
三井寺の守護神・新羅明神を祀る北院の新羅善神堂から
新羅明神の画像と本地仏の文殊菩薩坐像(平安時代)
白毫が赤い石でした。 珊瑚とか?
三井寺文殊菩薩坐像
三井寺新羅明神像
南院の三尾神社から
長等山の地主神・三尾明神の画像と本地仏の普賢菩薩坐像
宝冠がゴージャス
剣が乗ってる蓮の花を持ってらっしゃるのが珍しいなと思いました。
俳優の平山浩行さんに似てない?
三井寺普賢菩薩坐像
こちらは千団子まつりで鬼子母神御開帳
三井寺千団子祭チラシ
片付け始めてたけどお参りできました
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こちらも撮影禁止だったので三井寺のHPより
串団子のお供えがカラフルでかわいい
三井寺護法善神立像2
護法善神立像(ごほうぜんしんりゅうぞう:平安時代:重文)
三井寺護法善神立像
記念御朱印と、千団子まつり限定の御朱印いただきました。
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お隣の本地堂には聖観音様がおられました。
観音堂も特別公開でしたが時間切れ
栴檀(せんだん)というお花みたです。
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停めさせてもらった三尾神社もお参り
実は初訪。
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こちらが長等山の地主神で南院の中心となる要所とは
今回お勉強になりました。
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由緒書きを読んでもなぜ推しなのか分からなかったけど
このうさぎさんの神紋見たことあるわ。
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石灯籠にも
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手水のうさぎさんは波乗り
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立派な社殿です。
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めおと卯
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随神さんが外にいるタイプ
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Kさんに見どころを教えていただきました。
越後屋風シタリ顔の瓦と
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見返りうさぎ
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金堂が中院で、こちらが南院
となると北院の新羅善神堂もお参りしとけばよかったですね。

今回神社用の御朱印帳を持ってきてなかったのと
時間が遅かったので御朱印はいただきませんでしたが
三尾神社と蝉丸神社の御朱印がいただけるそうです。
帰りにKさんにJR大津駅まで送っていただいた時に
蝉丸神社の前を通ったので、駅から近いみたいです。

駆け足の参拝になってしまい
しかもお家遠いのに付き合わせちゃって
Kさんには申し訳なかった
おかげで両方ともお参りできました

大津駅からこのまま福井へ帰れるとよかったのですが
ちょっと野暮用で京都へ。 JR 大津17:27→17:36京都
先月京都に行った時か、大阪の時に
ICOCAを落としたらしく
下京警察署落し物窓口に届いていると連絡があったんです。
拾ってくれた方ありがとう
カードケースはちゃんとカバンに付いてたので
落としたことに全く気付かず
空のケースだけ嬉しそうにぶら下げてたっていう
窓口が9:00~17:45なのでギリギリセーフ

この日はこれで終了~。 JR 京都18:01→19:42新疋田

このケース差し込むだけなので
また落とすといけないから
シール式のマジックテープを細く切って付けてみた。
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2018-05-24

18.5.20 石山寺

午後からは石山寺・三井寺の特別公開目当てで滋賀へ。
ギリギリ星人なので最終日に滑り込み
下調べではだと時間的に
どちらか1つしか行けなかったのですが
Kさんを巻き込んでで乗せてってもらいました
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まずは石山寺 12:40頃出て14:10頃到着
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あお若葉の競演と銘打つだけあって新緑がきれいでした
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午前中に青鬼まつりがあったそうで
東大門に青鬼(つか緑鬼)がいたよ。
平安時代の学僧 朗澄律師は
お経や聖教類の収集や整備、保存に尽力された方で
「自分は死後、鬼になってこれらの経典と石山寺を守っていく」
という誓いを立てられました

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こちらからの眺めは絵になるね~。
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先に本堂で御朱印をいただこうと思ったのですが
結構並んでたので後からにして
多宝塔をチラ見してから
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上の方の特別公開やってる光堂へ(光堂自体も初公開)
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額が書体のせいかkinki kids感を醸し出してる
Kさんの「光堂って名前珍しいね」との問いに
「源氏物語だから?」とテキトーなことをいう私
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急いでたのでほとんど撮ってません。
お堂内撮影禁止なので石山寺HPより
センターは光堂本尊の阿弥陀如来坐像(鎌倉時代)
午前中お勉強した通り衣紋の彫が深いですね。
お顔のパーツが真ん中にキュっと寄ってる感じ。
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左が旧多宝塔本尊と伝わる大日如来坐像(平安時代:重文)
なかなかのエラ張りさん。
今の多宝塔は鎌倉時代建立だから
その前に別の多宝塔があったってことか?
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右が本堂の旧御前立で淀殿が寄進した
如意輪観音半跏像(桃山時代:重文)
如意輪さんといえば立膝で、頬杖ついて、宝珠持ってるイメージだけど
二臂の如意輪さんもおられるのね~。
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本堂御本尊の特別公開でお参りしてるのに
すっかり忘れてるよ
来年天皇即位で御開帳されないかな~と秘かに期待
本堂に戻り、記念御朱印をいただきました。
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後ろの人が厄除不動明王の御朱印をお願いしていました。
そんな御朱印もあったのね。


続く、、、

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2018-05-23

18.5.20 長岳寺2

延命殿(旧地蔵院本堂:重文)
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がいたよ~。 なんか用?
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目がすっごいキレイ
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撮影OKでした
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大和十三仏の御尊像はこちらになります。
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普賢菩薩の中でも象4体に乗っているのを
普賢延命菩薩というそうです。
戦国~安土桃山時代の作。
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普賢延命菩薩も2種あり、象4体が真言ver.
顔が4つある象が天台ver.だそうです。
こちらは4体の象の下段にも小さい象が沢山います
真言系は20臂で、天台系は2臂
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地蔵石仏
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拝堂(の後ろに大師堂があります)
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ちょっとした山登りの先に
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弥勒大石棺仏(釈迦如来という説もあり)
古墳の石棺の蓋を利用し、鎌倉時代に作られたそうです。
この頃には既に古墳荒らしがいたってことで
残骸を利用したと考えられるそうです。
彫が深く立体的。
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衣の波紋、足がハの字、台座有りが鎌倉時代のはやり
鎌倉時代に石仏が多くなるのは
説法で仏教が庶民に広まり地域に根付いてきたから

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本堂
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十市遠忠が戦国時代の終わりに滅びる時
ともに一山焼亡したと伝えられています。
その時武士達が自刃した城の床板に
無数の血痕や血の手形がついたものを血天井にしたそうです。
くっきりとしすぎてほんまもんか怪しい足跡
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本尊の阿弥陀三尊像は残ったそうです。
運慶展出展のパネルがあり
『全然覚えてない』と帰ってから図録を確認したら
私が行ったのは展示期間終わってからみたい。
運慶展のサイトより
長岳寺阿弥陀三尊坐像
中尊の木造阿弥陀如来坐像
胎内銘から平安時代末期(1151年)の作と判明する
玉眼を用いた像で制作年代の判明する最古例としても知られる
墨書が出るまで運慶作と言われていたが
運慶が玉眼の仏像を作る20年前に
別の奈良仏師(康助では?)が玉眼を発明していたことになる
黒目の周りに赤や青のラインを入れて印象的な瞳にしている

コンタクトのサークルレンズみたい
中国はなぜか玉眼を採用しなかったので、玉眼の仏像は無い
右手が衣で肘まで隠れているのが珍しい
筋肉質で、衣紋の彫が深く、天平仏を目標としているが
鎌倉期の流行りの様相も入っていて、両方のいいとこ取り
「彫の浅い衣がシルクなら、こちらは麻!」


脇侍の観世音菩薩と勢至菩薩は片足を踏み下げた半跏像。
中尊と脇侍の間に大威徳明王と愛染明王がおられました。

両端には木造多聞天・増長天立像(平安中期:重文)
大神神社神宮寺の大御輪寺の仏像だったが
明治時代の廃仏毀釈によって大御輪寺が廃絶したためここに移す

となっていますが、近年台座から墨書が出て
廃仏毀釈前からこちらにおられることが分かったそうです。
ガイドさん曰く「平安中期で玉眼なわけな~い」
平安末期ではないか?とのことでした。

狩野山楽筆の大地獄絵は秋に絵解きがあるそうです。
奥にはカルラ炎が抱き込んでいるお不動様がおられました。

12:00に現地解散。
放生池をぐるりと一回り。
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杜若はかろうじて残っている程度。
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庫裏(旧地蔵院)で三輪そうめんをいただきました。 ¥700
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御朱印めぐりの時はお昼抜きがちなので
寺社で食べれるのはありがたいね~。
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ぬこさまがお出迎え
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大和十三仏霊場の納経帳を購入。
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御影が入っていて
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それをお手本に写仏が出来るようになっています。
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関西花の寺の御朱印と花守りもいただきました。
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最後に見かけたは、ここまで近づいても起きなかったよ。
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続く、、、

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2018-05-22

18.5.20 長岳寺

5/20は月イチ仏像ガイド参加で
天理市の長岳寺に行ってきました。
いつものだと5時出発なんですが
最近は日が昇ってて明るいよ。
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10:00開始(10分前集合)だったので
JR 新疋田6:12→8:06大阪8:12→9:05奈良9:08→9:27柳本
のはずが奈良で乗り遅れてしまい
奈良9:41→10:00栁本になってしまった
私の他にも2名の方が同じ電車だったし
大幅に遅刻しなくてよかったよ。
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栁本駅から20分ほど歩きます。
途中に飛地境内があり、太神宮と彫られた石灯籠があります。
(写ってないけど
太神宮とは伊勢神宮のこと。
お伊勢参りの目印だそうです。
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石灯籠のお隣には五智堂(鎌倉時代:重文)
別名傘堂や真面堂(どこから見ても正面)とも呼ばれるそうです。
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五智堂はその名の通り五智如来を表していて
心柱が大日如来で
外側の4面がそれぞれ阿閦・宝生・阿弥陀・不空成就だそうです。
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側面には↑それぞれの方向に種字が書かれていました。
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傘堂って石光寺で御朱印もらえるから
名前は聞いたことあったけど
こういうお堂なんですね。
(葛城市の傘堂は周りの柱が1本だそうです)
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五智堂の隣にはお薬師さまや猿田彦神、道祖神(夫婦)の石仏が。
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この辺りにはそこここに石仏があり
道中の安全や健康を祈って祀られているようです。
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到着~。 ナビでは出てこないそうです
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長岳寺は空海の創建で
一説には大和神社の神宮寺といわれています
遣唐使が出発前に安全祈願に参詣した
太平洋戦争で戦艦大和の操舵室に分霊が祀られた
堂本印象が掛軸を奉納

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大門の前には勧請縄(かんじょうなわ)が掛けられています。
こんなの滋賀でも見かけたな。
毎年1/10に掛け替えていて、龍神を宿しているそうです(雨乞い)
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15本の竹を編んだ飾り物(トリクグラズというそうな)と
一緒に付いてる樒(しきみ)は香りが良いためお香の代わりだそうです。
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十市遠忠(とういちとうただ)の歌碑
長岳寺の裏に龍王山があり十市遠忠が築いた山城がありましたが
松永久秀に攻められ、切られた十市方の武将が血まみれで
本堂に逃げ込み息絶えたそうです。
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大門は別名肘切り門と呼ばれ、僧兵と鍛冶屋の伝説があるそうです。
長岳寺は全盛期48坊あり
興福寺に目を付けられ取り込まれた(真言宗なのに)
僧兵が切れ味のよい刃物を鍛冶屋に注文したが
なかなか出来上らない
しびれを切らした僧兵が見に行くと、籾殻の火打っていたので
「そんな弱い火で作った刃物なんて大したことないわ」
と馬鹿にしたら肘の木を切って切れ味を見せつけた

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大門から鐘楼門までまだ少し歩きます。
約1,000株あるという平戸つつじは
背が高くて垣根のようになっています。
花はすっかり終わってました。
完全に目が合った
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関西花の寺の看板の絵はツツジなのかな?
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鐘楼門(平安時代:重文)は空海創建当初のもので日本最古だそうです。
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本題に入る前に続く、、、

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2018-05-21

18.5.19 射水神社

5/19は叔父が高岡の病院に入院してるので
お見舞いに行くついでに1ヵ所だけ御朱印巡り。
高岡古城公園の敷地内にあります。
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おっか&Uチャンも一緒です。
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が満車で、『何かイベントをやってるのかな』と思っていると
探訪ウォークと書かれた看板が出ていました。
(失礼ながら)探訪ウォークってそんな人気なイベントなん?
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探訪ウォークに参加している人かどうか分からないけど
人も多くて
学生も、カップルも、家族連れも、中年も
大袈裟ではなくホントにみんなながらスマホで歩いていて
街中じゃなく公園だから、ちょっと異様な光景でした。
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銅像がそこここにありました。
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鋳物の町だから?
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朝陽橋
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城跡だからお堀があるのね(水濠というそうです)
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本丸広場の周りは大型作品
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自販機に利長くん
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Uチャン楽しそうでなにより
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高岡市護国神社へ。
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神馬の顔がなんか笑ってるみたいやった。
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こちらは無人なのでお参りだけ
続いて射水神社へ。
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結婚式を挙げてました。
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味のある絵やね
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御朱印いただきました。
護国神社のもこちらで。
巫女さんが書いてくださったのですが
帳面からはみ出しそうなくらいダイナミックな揮毫
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2018-05-15

18.5.5 沓見御田植祭2

女宮一行が道路に出てお出迎え。
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合流して揃って女宮へ。
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男宮一行が女宮本殿で「来ましたよ~」の挨拶のお参り
御祭神は木花咲耶姫命・瓊瓊杵命・大山咋命
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それから男宮→女宮の順で王の舞
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女宮のほうが気持ちゆっくりな舞のように感じました。
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面もトサカもぜんぜん違いますね。
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女宮のトサカはは鳳凰の冠なのかも?
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男宮の獅子舞は先ほど拝見したから
その間にお参り
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念のためこちらでも御朱印のことお聞きしましたが
やってないとのことでした。
「去年も聞かれたし作らんとあかんね」と仰ったので
「来年期待してます」と言っときました

話し込んでしまい、女宮の獅子舞を見逃しちゃいました
恒例の「どちらから?」から
「福井県でもここらの話し方と全然違うね」と。
私は福井県民の中でも訛りがきついほうです

Blogを書くために王の舞のことを検索していたら
『番子が舞人から鉾を受け取る所作が舞楽の散手に似ている』
と書かれたサイトを見かけました。
それで散手で検索したら
『春日大社 舞楽面 散手』の画像が出てきました
春日大社 舞楽面 散手
お話した時に「室町時代の面が見つかって本殿に祀られている」と仰って
見せていただいた印刷物がモノクロだったので赤ら顔かは分かりませんでしたが
↑のような翁風の面だったので
私も散手に似てるなって思いました。
でも今は天狗面なので長い年月の間に変化していったのかも。

男宮・女宮揃って男宮に向かいます。
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社碑の前でほんのちょっとだけ獅子舞披露(2回ジャンプするだけ)
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動画撮るのを忘れてたよ。
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到着~。
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女宮一行が男宮本殿で「来ましたよ~」の挨拶のお参り
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男宮の拝殿で女宮の王の舞奉納
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獅子舞
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ブレブレですが、躍動感だと思ってください
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お疲れ様でした
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田植え歌・エブリ差し・苗打ちと続きます。
男宮・女宮それぞれが両宮で1回ずつ計4回演舞があるわけですね。

男宮・女宮揃って馬場へ向かいます。
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またちょっとだけ獅子舞。
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御幣を合わせてクライマックス。
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そのあと御幣紙を奪い合います。
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男宮・女宮両方の御幣紙を持ち帰って玄関に飾ると厄除けになるそうです。
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最後にはお米が入った袋だけになりました。
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12:00~17:00過ぎまで長いお祭りでした。
面白かったよ

今回のお気に入り
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声張りすぎでガラガラでしょうね
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5/6は休息日。 ゴロゴロしてました

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2018-05-14

18.5.5 沓見御田植祭

GWはお祭りやイベントが目白押しで
栃泉町・登知為(とちい)神社の花山行事とか
三国町安島・大湊神社の椿祭りとか
美浜町早瀬・日吉神社の子供歌舞伎とか
小浜市の小浜祭りとか、西津祭りとか
加賀大聖寺山ノ下寺院群の寺宝・庭園・御朱印めぐりとか
輪島の重蔵神社のキリシマツツジの限定御朱印とか
高岡市美術館 THEドラえもん展(ニナミカさん参加)とか
天平綺文錦オリジナルご朱印帳を出された海龍王寺とか
4/7から先着8000名にクリアファイルをいただける円成寺とか
創建1300年記念御朱印を出されてる元興寺とか
創建1250年記念御朱印帳を出されてる春日大社とか
奈良博の特別展 国宝春日大社のすべてとか
JR奈良線のスタンプラリーがあと1つで応募できるとか
行きたいところがいろいろありすぎ

でもGWは急遽の休日出勤に備えて遠出の予定は立てられないので
下調べをしてないから、近場で前から気になってた
敦賀市沓見(くつみ)の御田植祭に行ってきました。
男宮と呼ばれる信露貴彦(しらきひこ)神社
女宮と呼ばれる久豆弥(くつみ)神社が合同で行う春祭りで
平安時代末期から伝わるそうです。

沓見小学校のグラウンドが臨時駐車場になっていました。
当屋(お旅所)になっている沓見公会堂を男宮が12:00に出発。
5分ほど出遅れたので出発しちゃってました
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女宮は12:30ごろ出発するそうで、男宮を追いかけました。
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真鍮?の棒を引きずるのは、どういう意味があるんでしょう?
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「ヤーホーハイヤー、来年も当屋ー、再来年も当屋ー」と
大きい声を上げながら地区を練り歩きます。
(意味:名誉あるトウヤを来年もしたい、再来年もしたい!)
お祭り気分が盛り上がります
御幣さんを運ぶ役の方が結構年配の方で大変そう
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男宮に到着~
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拝殿(舞殿だよね)
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まずは本殿でお参り
御祭神は迩迩藝命・日本武尊
宮司さんが祝詞をあげられます。
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御幣さんは小学5年生が十数枚の扇子を円状に組み合わせて作るそうです。
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手水にビールがプカプカ
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地元の小中学生が鼻高面を着けて舞う王の舞
最初に着物の合わせ(衿)を手で撫でるような動作があるのですが
どういう意味があるんでしょうね?
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能舞のようなゆっくりとした動作で
胴体を動かさずに足捌きで立ったり座ったりするので
大変そうでした。
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素襖(すおう:着物)と鳥兜(地元の人はトサカと言ってました)
を今年新調されたそうです。
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獅子舞は頭を下げてお尻を上げて
ワンコが遊びに誘う時のような珍しい動きがあったり
カプっと噛む仕草が迫力があり面白かったです。
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ずいぶんと練習したんでしょうね。 お疲れ様でした
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田植え歌
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エブリという農具で田ならしの所作をするエブリ差し
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杉の枝を苗にみたてて苗を植える所作をする苗打ち
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神饌のお下がりで直会
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お本殿へお参りしに行ったら
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私もお下がりいただいちゃいました。
拝殿が暗くて露出+補正してたのを戻してなかったので白飛びしちゃった
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御朱印やってるかお聞きしたところ
やってないとのことでした。
一行は女宮へ向かいます。
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バス停が松本零士ワールドだったんですが
所縁があるんですかね?
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「こんにちは~!」と元気よく小学生3人組に声を掛けられました。
「写真撮って~」と。
人懐っこくて可愛らしい子たちでした
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続く、、、

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