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2017-10-31

17.10.29 泰澄ツアー パピルス館など

ランチは喜楽家さん
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浜町の開花亭さんで修行されたそうです。
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通常より麹を3倍使用している泰澄味噌を使った
ツアー用の特製会席
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久々に上品なものを食べた気がする~
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越前町の農産物を販売する直売所おもいでなfarmでお買い物。
今は時期じゃないけど、たけのこがイチオシらしいです。

パピルス館では自分で漉いた越前和紙でオリジナル御朱印帳作り
紙漉き体験やってみたかったんですよね~。
原料は楮の皮と、とろろ葵の根のみ。
下が楮の幹で、上が皮を剥いだもの
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漉いた白い紙に染料で色付けします。
部分的でもいいし、全体でもいい。
お好みで落水という技法で筋状の模様をつけます。
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カットする前の写真を撮り忘れちゃったんだけど
山と夕焼けのイメージで、こんな感じの仕上がり。
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けど2面にカットしたら何だか分かんなくなっちゃったので
色の配分を考えて逆さまにしました。
我ながら上手に出来たと自画自賛
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中の紙は劔神社に納めているものと同じ鳥の子紙です。
昼食代と御朱印帳代だけでツアー料金上回ってるんでは?
パピルス館では紙漉体験はいつもやっていますが
御朱印帳作りはやってなくて、中の紙の販売もないそうです。
「体験やらないんですか?」とお聞きしたら
「ずっとついてないといけないから」と仰ってました。
もしかしたら団体予約だったら融通してくれるかも?

大滝神社へ
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ざっざか降りだし、写真もこれだけ
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続く、、、

theme : ☆北陸(富山・石川・福井)の情報☆
genre : 地域情報

2017-10-30

17.10.29 泰澄ツアー 歴史博物館

10/29は「泰澄大師ゆかりの地を巡る旅」
バスツアーに参加してきました。
女神坐像遍の安養寺(泰澄作の眼明観世音菩薩像)と
春日神社(泰澄作の十一面観世王菩薩像)は
普段は拝観が難しいとのことで、すごく迷ったのですが
『自分で漉いた越前和紙で御朱印帳作り』に惹かれて
体験編にしました。
171029ツアーチラシ
なのですが…  また寝坊してしまった
集合時間に来ないから添乗員さんからあって
やっと起きたっていう
うちってなんでこう朝起きれんのかな
最初の工程が福井県立歴史博物館だったので
現地合流にしてもらい、慌てて用意して
なんとかバスと同時到着できました。
主催が越前町観光連盟なので
『JR鯖江駅集合で福井に戻るってなんとも不合理』
と思っていたのですが、おかげで間に合ったよ。
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泰澄‐白山信仰における意義を探る-』企画展を見学。
171029泰澄チラシ
171029泰澄チラシ裏
序章~うたと物語に見る白山~
・古今和歌集
 越の白山と詠んだ句が6首あるそうです。
・泰澄を研究する人は必ず読むという資料『泰澄和尚(かしょう)傅記』
 平泉寺白山神社第3代宮司の平泉澄博士が校訂されたそうです。

第一章~泰澄和尚伝記の世界~
・元興寺所蔵の道昭(どうしょう)大僧都坐像(平安時代)
 一木造 道昭の像は一体のみだそうです。
 玄奘三蔵の弟子で、遣唐使の一員で
 飛鳥寺で学んで、元興寺で亡くなる。
・国の重文の泰澄及二行者坐像
 2人のお弟子さんは臥(ふせり)行者と浄定(きよさだ)行者
 私の超お気に入り山家神社の奥宮がある
 四阿山を開山したのが浄定行者ですね。
 裏側はお着物の彩色が残っていました。
 書物に臥行者はブサイクと書かれているそうな
 でも後世にはなぜか逆転して浄定行者がブサイクとなってるんですって。
泰澄及二行者坐像
・女神倚像(南北朝時代)
 平泉寺白山神社境内にある御手洗池に現れ
 泰澄に白山の山頂へ行くように告げたとされる女神。
 この女神倚像は大本山永平寺が所蔵するもので
 永平寺も含む九頭竜川流域が
 白山比咩の神域と考えられていたのではないか とのことでした。
 女神倚像の背景は御手洗池の写真で
 三人像が向かい合うように展示されていて
 対面した場面を再現したそうです。
171029歴史博物館4
・金剛童子立像(鎌倉時代)
 白山比咩と、白山比咩を信仰する人を守る存在。
 長瀧寺宿坊にあったもので、現在は奈良国立博物館所蔵。
・神光寺(安城市)所蔵の白山垂迹(すいじゃく)曼荼羅(江戸時代)
 白山曼荼羅は、本来は姿を持たない神々を
 神仏習合の影響により絵画で表現するようになった神道曼荼羅の一種
 上から日月・白山三峰・三眷属(けんぞく)衆・六所王子・泰澄と弟子2人
 それぞれの名前が書かれているのが珍しいそうです。
 白山比咩の近くに描かれていているのが
 6人の子供のうち1番下の娘だそうです。
 このみや(イザナギの娘)ってメモしてるけど
 検索してもよく分からなかった
・奈良国立博物館所蔵の聖観音菩薩懸仏(鎌倉時代)
 十一面観音は山形にあるけど、阿弥陀如来は無いそうです。
・堺市博物館所蔵の行基菩薩画像(南北朝時代)
 奈良から福井に来て、泰澄と意気投合し
 今生で再訪は出来ないだろうけど極楽で再開してまたお話しましょう
 と言ったとか言わないとか
行基菩薩画像
・十一面神呪心経は儀式のやり方と効果が書かれているそうです。

第二章~はじまりの山 越知山~
・越知山の本地仏である不動明王立像(重文:平安後期)
・越知神社所蔵の泰澄大師坐像
 3本の柱をくっ付ける寄木造りなのに内刳りは無い。
171029歴史博物館3

・越知神社所蔵の大谷寺修理勧進状
 泰澄大師の父は麻生津(越知山)出身で
 母は猪野(いの:平泉寺)の出身。
 平泉寺(白山)をライバル視していて
 越知山も対等の立場だと言いたいらしい。

第三章~神の降り立つ泉 平泉寺~
・平泉寺辻観音堂の聖観音菩薩立像(平安時代)と再会。

第四章~もう1つの泰澄 広がる泰澄信仰~
・役行者絵巻
 泰澄さんて実在しない説があって
 役行者を崇拝する人が
 役行者だけが凄いパワーを持った修験者だとしたかったから
 だと聞いたことがあります。
・青葉山中山寺所蔵の
 種子両界曼荼羅図、五大明王図、金紙金泥法華経
 平安時代(806)泰澄大師ゆかりの僧により創建したと伝えられています。
 当時、青葉山の頂上に住んでいた泰澄が釈迦、阿弥陀、観音の三尊を
 安置したとされていますが現存はしていません。

 修験道の目的は国家の祈祷で、個人的な願い事ではないそうです。
 『法華げんき本』(験記?) 『国上山 越後』
 ってメモしてるけど、何のことやったやろ?
今回図録買わなかったんだけど
で調べるのも限界があるね。
バックナンバーの白山曼荼羅展のほうが気になった。

エントランスでは写真展
白山周辺のまつり-白山信仰の祭礼と能面をめぐって-
をやっていました。
勝山の滝波区や谷区で『お面さん祭り』というのがあって
これらの面は、平泉寺焼き討ちの際、小原村の者が持ち帰ったが
不吉なことがあったので川に投げ捨てられたものを
滝波村・谷村で拾われ祀られたと伝えられているそうです。

14:00~キッズミュージアム『懸仏をつくろう!』
というワークショップがあったみたいです。
興味あるわぁ~(子供じゃないけど)
171029懸仏チラシ


続く、、、

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genre : 地域情報

2017-10-29

17.10.28 小浜神社・天徳寺・諦応寺

まだ時間があったので、チョットだけ寄り道。
再訪のところばかりなのでサラっと。

まずは小浜神社
お祭りのとき御朱印いただけなかったので再訪。
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城址とかは前回一通り拝見したのでお参りだけ
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御朱印いただきました。
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続いて若狭町へ移動して天徳寺へ。
泰澄大師クイズラリーの一環です。
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銀杏が色付きはじめてました。
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瓜割の滝
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のせいか水量が多くて
参道でも水の音がゴーゴー凄かったです。
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今回も本堂閉まってました。
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若狭の秘仏特別公開のパンフでは期間中拝観可になってますが
お寺さんとしては団体とか予約の人のみのつもりだったようで
運営側と行き違いがあったようです。
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泰澄さんと所縁の御本尊なので
今年拝観できるとよかったんですけどね
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石仏四国八十八ケ所は前回行ったからと自分に言い訳して
今回はスルー。
滑ると危険だし
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御朱印3種のうち2種は前回いただいたので
今回は弘法大師をいただきました。
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ここまで来たら諦応寺にも寄らないと
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まだチョット早かったですね。
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よく見ると幹の内側に光背と思われる円が彫られてました。
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銀杏って葉っぱの色づきより先に生るんでしたっけ?
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本堂と銀木犀
お薬師さんは10/8・15・22の3日間だけの公開でした。
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前回見逃してたようですが、石仏がたくさんありました。
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象に乗ってる
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こちらは獅子
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御朱印は前回いただいたのでスルー。

今年は若狭の秘仏特別公開、回る時間無いかも

theme : 神社・仏閣巡り
genre : 旅行

2017-10-28

17.10.28 若狭歴史博物館

10/28は若狭歴史博物館の企画展
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『知られざるみほとけ~中世若狭の仏像~』へ行ってきました。
知られざるみほとけチラシ
10/29まで。 ギリギリ間に合った。
知られざるみほとけチラシ裏
若狭歴史博物館のFBは解説が細かくて
惜しげもなく写真も掲載されていて
見てると実際に見に行きたくなるんですよね~。
以下画像無断拝借

明通寺所蔵の十二神将立像12躯(鎌倉時代:寺外初公開)
十二神将は薬師如来に従い
薬師如来を信仰する人びとを守る存在として祀られてきました。

明通寺 十二神将立像2
瑞伝寺所蔵の地蔵菩薩坐像(鎌倉時代:県指定文化財)
仏師幸千という制作した仏師の名前と
承元三年(1209)という年号が仏像の内部に墨で書かれています。
仏師の詳細は分かっていませんが
仏像の様式からは慶派の流れをくむ仏師ではないかと考えられます。
若狭において、制作年代だけでなく作者も明らかな作例は
この地蔵菩薩坐像のみです。
衣文が太いところがポイントで
ここまで太い襞で表現されている類例はあまりないそうです。

瑞伝寺 地蔵菩薩坐像
国分寺所蔵の薬師如来坐像(鎌倉時代:重要文化財)
衣の襞まで美しく、特に薬壺を持った左手肘から足にかけての
流れるような襞がイチオシだそうです

国分寺 薬師如来坐像
中山寺所蔵の毘沙門天立像(南北朝時代)
玉眼と書いてあったけど、絵の具で描いたようにしか見えなかった。
ガラス越しだから、光の加減かな?
中山寺 毘沙門天立像
邪鬼のこの顔! このポーズ!
お堂の中でマネしたのが懐かしい
中山寺 毘沙門天立像 邪鬼
竜前区の薬師如来立像(鎌倉時代:今回唯一の銅造仏)
仏像の背面に宝治二年(1248)という年号が刻まれています。
展示室では仏像の背後も見られるようになっていますので
この制作年代を確認することができます。

竜前区 薬師如来立像
正明寺(若狭町)所蔵の地蔵菩薩立像(鎌倉時代)
「つまとり地蔵」「草取り地蔵」とも言われています。
暑さと疲れから眠り込んでしまった下女の代わりに
地蔵菩薩立像が田んぼの草を取ってくれたという話です。
お地蔵さまの衣の裾や袖には土が付いていたと昔話では語られています。

正明寺 地蔵菩薩立像
飯盛寺所蔵の薬師如来坐像(鎌倉時代)
寄木造で像の内側がくり抜かれています。
これにより出来た内側の空洞に
お経や香木、中国のお金など8種類のものが納入されていることが
平成10年にわかりました。

飯盛寺 薬師如来坐像
その中には『摺仏(すりぼとけ)』と呼ばれるものも入っていました。
摺仏とは、仏や菩薩などの画像を木版に彫り
紙や布に墨などに印刷したものを言います。
薬師如来や地蔵菩薩、不動明王、十一面観音の版画が納められていました。
本像は今のところ、若狭では唯一の像内に納入品を持つ仏像と考えられます。

摺仏 十一面観音
摺仏 不動明王
髙成寺所蔵の釈迦如来坐像(室町時代)
膠(にかわ:動物の皮や骨などが原料の接着剤)で溶いた金粉を塗った
金泥(きんでい)塗りと呼ばれる技法によるものです。
猫背気味で、肉付きは強調されず、四角い体型をしています。
顔立ちは眉が長く伸び、鼻は太く、唇は分厚く表現されています。
螺髪ではなく毛の流れが細かく彫られ、高く結い上げられています。
また、金属製の宝冠を被っており、とても華やかです。
印相(手指のかたち)は禅定印になっており
釈迦如来像が通常結ぶ施無畏・与願印とは異なります。
ちなみに、禅定印は菩提樹の下で瞑想する姿
施無畏印は人びとの恐怖心を取り去って救済する姿
与願印は人々に慈悲をそそぐ姿を示します。

髙成寺 釈迦如来坐像
足にかかった襞は、うねるような曲線が彫られ
表面には美しい蓮華や唐草などの文様が浮き彫りで表されています。

(截金ではなく彫ですね)
こうした特徴は院派(京都を拠点に活動した仏師集団の一つ)の仏師による
作品であることを示しています。

髙成寺 釈迦如来坐像 裾
釈迦如来像の多くは王族の身分を捨て
出家した直後の法衣だけを身にまとう姿になっていますが
この高成寺の釈迦如来坐像のように、華やかな宝冠を身に着け
禅定印を結ぶなどの特色をもつものは『宝冠釈迦如来』と呼ばれ
日本では禅宗寺院で広く普及しました。
禅宗において『華厳経』の毘盧遮那如来と釈迦如来とが
同体のものと考えられたからだそうです。
毘盧遮那如来は密教の大日如来に通じる仏で
毘盧遮那如来(釈迦如来)も大日如来のように
宝冠などを身に着けた姿に表されるようになったのではないでしょうか。


大智寺所蔵の十一面観音立像(鎌倉時代:県指定文化財)
彩色などされておらず、木材の素地の美しさを活かして彫刻されています。
こうした素地仕上げの仏像の裙(くん:巻きスカート状の衣服)の衣文は
省略して表現されます。
しかし『条帛(じょうはく)』とよばれる
左肩から斜めにかけたタスキ状の布の垂れ下がった部分の襞が美しいです。

大智寺 十一面観音立像
羽賀寺所蔵の十一面観音菩薩立像(室町時代)
裙は折り返しや襞が左右対称ではありません。
また裾は右の方へ流れるように表されています。
こうした作例は、鎌倉時代の院派のものにみられるようです。
観音さまが困っている人を助けに行こうとして
一歩目を踏み出そうとしている瞬間をあらわしているそうです。

羽賀寺 十一面観音菩薩立像
馬居寺所蔵の弁才天坐像(鎌倉時代)
琵琶まで含めて全体を一つの木材から彫り出されています。
キャプションには『威厳ある表情』といい感じに書かれてましたが
まぁ中年のオバちゃん
馬居寺 弁才天坐像
小和田区所蔵の大日如来坐像(室町時代)
蓮華座の下に獅子が潰れてます
台座・光背とも当時のものとのことですが
お顔だけえらいキレイですけど後補かな?
高浜町小和田区 大日如来坐像
展示品は少なめだけど、1つ1つじっくり見れるし
すばらしい仏様たちでした
10/6には『若狭和紙で仏像モチーフの小物を作ろう』という
衣の模様やアクセサリーの形を写して絵はがきを作る
ワークショップがあったみたい。
最近の博物館・美術館の企画は面白そうなのが結構ありますね。

来年の2/3~お水送り展があるそうなので
そちらもチェックしたいです。


続く、、、

theme : 旅先の美術館・博物館
genre : 旅行

2017-10-25

17.10.25 照恩寺(朱印なし)

今日は仕事帰りに福井市東郷二ケ町の照恩寺に行ってきました。
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極楽音楽報恩講(テクノ法要)がありました。
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法要だというのにお数珠も、経本も、カメラも、御朱印帳も忘れちゃいました
受付でお聞きしたら、御朱印はやってないそうです。
こちらは真宗本願寺派だから予想はしてましたが。

セトリ
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テクノ法要って聞いたことありますかね?
ご住職が20代のころ舞台照明やDJの仕事をしていたということで
法要にテクノ音楽や照明効果などを取り入れた演出を考えたそうです。
ご住職曰く『親鸞聖人ファン感謝デー』

今回で4回目だったと思いますが
前回はクラウドファンディングで支援を受けて
プロジェクター・照明機材などを新たに購入したり
ニコ生中継されたりで、ネットでちょっと話題になったみたいですね。

拾い画像の白っぽいカーディガン着てるのがワタクシ。
正面は既に満席で、この辺りに座ってて
『柱で御本尊が見えないな』と思っていたのですが
その後もどんどん人が来て
「前に詰めて下さい」とのことで、最終的に内陣の真ん前に。
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プロジェクションマッピング全く見えず
でも天井画を覗き見たりして。
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御住職の所作を真横で拝見。
経典はちゃんと見てるのね~。
見切れてますが、お隣は息子さんのようです。
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ご演目(といっていいのか?)は『初夜礼讃』(しょやらいさん)
往生礼讃偈のひとつで
浄土真宗の七高僧に挙げられる善導大師の著
法然上人の弟子の尊西が節を付けたと伝えられているそうです。
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30分ほどで終了したのですが
私は見えていなかったので気付いてなかったのですが
途中で映像が途切れてしまっていたそうで
「もう1回やらせてください」とのことで
自発的アンコールとなりました

機材の調整をしている間に先代がフォロー。
「何回もリハーサルしてたのに」と笑いを誘ってました
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どさくさに紛れて場所移動。
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前回法要後のご住職のインタビュー
ご本尊を安置する『内陣』を照らすのは仏教本来の在り方で
電気の光で浄土の世界を表現してみたいと考えた。
光源としてろうそくを使うのは今でも一般的だが
その常識を一度取り払ってみるのも私にとって挑戦だった。
本願寺から怒られるのではと思いながら始めたテクノ法要だったが
視察に来ていただきお墨付きを得ることができた。
これからは怖がらずに発信できそう。

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本山もそうですが
『よく檀家さんの了承を得られたな』と思ったのですが
阿弥陀仏は光の仏様で
極楽とは光の世界であるとお経の中に示されているそうで
プロジェクションマッピングや光での演出に
「お浄土って奇麗やねぇ」
「もうすぐこんな世界に行けるかと思うと楽しみや」
などの声があり、好意的に受け止められているようです。
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まぁ、賛否両論あると思いますが
私的には厳粛な雰囲気のほうが好きですけど
いろんな発信の仕方があってもいいんじゃないかなと思います。
法要の後の法話を聞いていただく時間を重視していて
テクノ法要で関心を持ってもらいお寺に足を運んでもらって
法話で仏の教えを伝えることが僧侶として大切なことだそうです。

4・3・2・1・散華の合図で散華撒き
撒かれた散華を拾うことはあっても、撒くのは初めてです
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法話でのメモ書き
親鸞の教えの悪人正機というのは親鸞オリジナルではなくて
法然も言っている、ずっと続いている
影響を受けながら生きている
仏教は動いていく(時代に合わせた表現)

最後に拍手が起こったところ
「拍手ではなく南無阿弥陀仏を唱えてください」
と仰ってました
テクノ法要、築地本願寺でも開催されるそうです。

帰る前にお参り
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堂田川では地酒イベント『川床Bar』が同時開催
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ニコ生のライブビューイングをやってたみたいです。
拾い画像
テクノ法要

theme : 神社・仏閣
genre : 地域情報

2017-10-22

17.10.15 観音フェス(大圓寺・向源寺)

続いて高月観音堂(大圓寺)へ。
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この地は槻(ケヤキ)の大木があることから『高槻』とよばれました。
平安時代、歌人大江匡房が訪れ、月の名所として歌をよんだことから
『槻』の字を『月』と改め村名にしたと伝わり
境内をともにする神高槻神社は、かつての名をとどめています

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昨年は観音様修復中で拝観できなかったので初訪です。
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「1番良く見えるところにどうぞ」と世話役さんに促され
鏧子(けいす)を叩いてお参り
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御本尊の十一面千手観音立像
幾度も戦乱に巻き込まれ
静ヶ岳の合戦ではこの観音堂も焼失してしまったのですが
観音様は自ら火難を逃れ
東の方の少し離れた石の上に立って村中を火難から守ったという伝承から
火除けの観音様として信仰されているそうです。
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「前からも横からも見てください」とのことで、遠慮なく
最澄作と伝えられていますが
作風や表現の仕方から室町時代作とも言われているそうです。
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彩色のない木の質感そのままの観音様なのですが
昔この像は黒ずんでいて、それをきれいにしようと思って
村人が独自で手入れをしたことがあるのだそうです。
それで市指定文化財に止まっているようですが
地元の方が観音様を愛すればこそですよね
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御本尊の左側は弁財天と
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お薬師さんと日光・月光の薬師三尊
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右側には白髭明神と腹籠観世音
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腹籠観世音さんは筒状の蓋がされてたので
参拝の人に「資料館で聞いてきました」と言われて
「そんなのあったかな?」と探したそうです
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後ろから肩に寄りかかってるなにかしら2人。
ピンボケ
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こちらはお大師様かな?
胸の辺りがガラス?になってて、中に何か入ってます。
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江戸時代に村の人が脇侍として奉納した不動明王と地蔵菩薩
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そのほか阿弥陀様や毘沙門天などおられましたが撮り忘れ。
資料館の釈迦苦行像はこちらにおられた仏像だそうです。
日本画の絵馬って珍しくない?
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御朱印いただきました(書置き)
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写真も買っちゃった。
大圓寺
おしどり杉
支えがしてあったので、大分朽ちてきてるのかも。
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見どころ満載のお寺さんでした

最後に渡岸寺観音堂(向源寺)へ。
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出店から粉もんのいい匂いが漂ってきて、空きっ腹に沁みました
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7体ある国宝十一面観音の中でも最も美しいといわれている
こちらの観音様は、やはり別格ですね
去年買ったポストカード
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羨ましいくらいのプロポーションで
後ろから見た腰のくびれなんてヨダレもんです
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テープの案内では泰澄大師作って言ってたけど
まぁ、違うでしょうね。
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去年は4時過ぎてたから書置きになっちゃって
1年越しに直書きで御朱印いただきました。
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のなかの参拝でしたが
お仲間と回るのはやっぱ楽しいですね~
いろいろ教えてもらえるし
今後ともなにとぞよろしく

theme : 神社・仏閣巡り
genre : 旅行

2017-10-21

17.10.15 観音フェス(横山神社・浄光寺)

続いて高月町横山の横山神社へ。
写真撮り忘れましたが、左手に本殿があり
大山祇命・少彦名命・泉龍大神の三神が祀られていて
合わせて横山大明神と呼ばれています。
横山大明神の本地仏が馬頭観音とされているそうです。
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こちらの馬頭観音様は歴史民俗資料館に預けられていて
ふるさとまつりの時だけお里帰りされます。
平安時代後期の作ですが、全体的に後補されてます。
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いただいた由緒書きには
『はげしい怒りをあらわしたお顔』と書かれていますが
ゼンゼン怖くないよ~。
髪の毛は逆立ってるけどね。
頭上の馬頭が愛嬌あるからでしょうか
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武器を持って、煩悩を断ち
悪をくだくといわれています。
腕のぶっ刺さった感がなんともいえぬ
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こちらの観音様も昨年の11月から今年の1月まで
KANNON HOUSEにご出張されてたみたいです。
拾い画像
横山神社
これプリントアウトして会社に飾らなあかん
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御朱印の観音様の印が墨書きで隠れちゃうので
別に押してもらおうなんて話してたのに
すっかり忘れちゃった
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それから高月駅に停めて、高月町落川の浄光寺へ。
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白い十一面観音様がおられます。
彩色されてるのは珍しいとのことでした。
左右に阿弥陀如来様と薬師如来様
三尊ともよく似たお顔立ちなので
同じ仏師の作ではないかとのことです。
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右のお厨子も阿弥陀様だったか?
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なんか竹みたいなのが奉納されてましたが経緯は不明。
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御朱印は去年いただいたのでスルー。


続く、、、

theme : 神社・仏閣巡り
genre : 旅行

2017-10-20

17.10.15 観音フェス(西野薬師堂・片山観音堂)

続いて高月町西野の西野薬師堂(充満寺)へ。
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今年から正妙寺の千手千足観音がこちらに移られました。
情報によると世話方さんが高齢で
小高い山を登るのが大変だからだとか。
まずは正妙寺さんをお参り
お堂自体は前からありましたね。
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お薬師さんの右隣に安置されてました。
撮影禁止なので、去年購入した写真を
やっぱり竹馬で遊んでる子供にしか見えない
この方目当てに観音フェスに来てる人も多いんじゃないかな。
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正面の西野薬師堂さん
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伝薬師如来立像と十一面観音立像
拾い画像
体が褐色なのは後補で塗られた朱漆だそうです。
西野薬師堂2
西野薬師堂
謎の珠石というのがありました。
説明読んだけど、謎のまま
奥は岩盤に彫られたお地蔵様でした。
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御朱印は去年と変わりなしでした。
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何聖人?
絵の雰囲気から、なんとな~く最澄さん(知らんけど)
P120010.jpg
それから湖畔のに停めて高月町片山の片山観音堂へ。
初訪です。
P120011.jpg
下のお堂が行善寺さんなのかな?
階段を登ると片山神社があり
途中の右側に観音堂がありました。
P120012.jpg
お堂から琵琶湖を望むと、右側に向山(むかいやま)
左の島は竹生島かな?
P120013.jpg
小さめの十一面観音立像
船の安全を見守ってくださってます。
P120016.jpg
室町時代頃の作と考えられ、湖北地方で活動した地方仏師の作とみられます。
写ってないけど頭部青い彩色でした。
P120014.jpg
1/31~3/12上野のKANNON HOUSEにご出張されてたみたいですね。
拾い画像
片山観音堂
お堂の右側に掛けられていた額。
陶製っぽい。
どなたか分からないけどキレイでした
P120015.jpg
御朱印いただきました。
P120060.jpg
杜鵑草 (ほととぎす)かな?
ブレブレだったので加工
P120020.jpg


続く、、、

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2017-10-19

17.10.15 観音フェス(石道寺・己高閣・世代閣)

続いて木之本町石道の石道寺(しゃくどうじ)へ。
P110997.jpg
石道寺の創建は726年延法上人が開山したのが始まりとされ
行基菩薩によって境内が整備されたと伝えられています。
804年に伝教大師最澄が十一面観世音像
脇仏持国天像、多聞天像を自ら彫り込み再興すると
比叡山の別院としました。
3体とも国の重文に指定されています。

P110998.jpg
撮影禁止なので拾い画像
石道寺3
御本尊は十一面観音立像
村の娘さん健在でした
石道寺
が取りざたされることが多いですが
お召し物も赤で
当時の彩色だったら村の娘さんにしては派手ですよね
宝冠ではなくて
ゴージャスなかんざしのような感じで耳上に刺さってました。
石道寺2
刺繍種子幡14琉も重文に指定されていて
京都国立博物館で保管されています。
レプリカが1つ飾られていました。
どうして石道寺さんに14琉もあるかというのは
遣○使(忘れた)が帰国する時に持ち帰ったのではないか
とのお話でしたが、検索すると
天竺(インド)から伝わったと書かれている人がいました。

『ししゅうしゅじばん』 早口言葉みたい
私も去年よりかはちょっとだけ賢くなり
種子というのが梵字のことだというのは分かりましたよ
↑数える単位は琉(りゅう)なんですね。
また1つ賢くなりました
もう1つの十一面観音は藤原時代の作と伝わり
県指定文化財だそうです。
旧高尾寺の御本尊だったかな?

歴史民族資料館にある懸仏はこちらので
おままごとセットみたいなのがお気に入り
懸仏
それから木之本町古橋の己高閣・世代閣(ここうかく・よしろかく)へ。
P110999.jpg
鶏足寺の御本尊だった十一面観世音立像
撮影禁止なので拾い画像
己高閣十一面観音
七仏薬師如来は1番右の方がしゅっとしてますが
中にはちょっと目が離れてる方とか
ほぼ線だけで目開いてない方とか(失礼)
そのほかや毘沙門天・不動明王・日光菩薩・月光菩薩など。
兜跋毘沙門天は
『奥さんの地天女を足蹴にして~』なんて思ってましたが
Wikiの解説だと『両手に支えられて立ち』となってたので、納得。
兜跋(とばつ)って国の名前だったんですね~。
己高閣とばつ毘沙門天
世代閣(よしろかく)は写真撮り忘れ
戸岩寺の薬師如来立像は行基作と伝わるそうです。
薬師如来
ここに来たらやっぱり魚籃観音立像
魚籠
十社権現像は左から順番に見ていくと
最後に猿?ってなるんですが
日吉大宮で、猿で表現されてるのはここだけだと案内がありました。

十二神将のうちの2体は盗難にあったそうです
お市の方が寄進した屏風がキレイでした。
特に萩が好き
スタンプがあったので押してきました。
左右切れちゃったけど
日々の暮しの中に仏さまがおられる町《木之本》
と書かれてます
鶏足寺スタンプ
大日堂も覗いてきました。
可愛らしいお花が生けられていました。
P120002.jpg
ガラス越しなので曇ってます。
全部入りきらなかった。
P120001.jpg
鶏足寺参道の紅葉を見に行くには
だとこちらから案内されてますが
マップを見ると石道寺からのほうが近い気がする。

御朱印は両寺とも去年いただいたのでスルー。


続く、、、

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2017-10-18

17.10.15 観音フェス(医王寺)

続いて木之本町大見の医王寺
こちらはふるさとまつりのエリア外なんですが
魅力的な観音様がおられるので再訪です。
P110994.jpg
あちこちに腰の高さくらいのポールが立っていますが
この辺りまで雪が積もるそうで、目印だそうです。
P110995.jpg
通常は電話連絡が必要ですが
ふるさとまつりの日はついでに寄られる方が多くて開いているので
電話せずに来てしまいましたが、1番乗りだったみたい。
去年は団体さんとかち合ってぎゅうぎゅう詰めでしたが
今回は貸し切り状態
P110996.jpg
撮影禁止なので拾い画像
医王寺
1段高いところにお厨子があるのですが
なんとその段の上に登っていいとのことで
ホントにもう息がかかってしまうくらいの近距離で
拝むことが出来ました
化仏の表情までバッチリ見えましたよ

旧国宝(現在重文)に指定されるような仏像が
古美術商の店頭に並んでいたなんて
それを医王寺のご住職が買い受けて
無住になった現在でも里の人たちに大事に守られてるんですね。
ん? 観音様が里の人たちを守ってるのか?

御朱印は去年いただいたのでスルー。


続く、、、

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