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2017-09-16

17.9.10 祇園閣

祇園からちょっと歩き
京の夏の旅で公開中の大雲院祇園閣へ。
P110581.jpg
祇園祭の鉾をモデルにしたといわれている祇園閣
京の夏の旅ではちょいちょい公開されてるのですが
なんかタイミングが合わず初訪です。
P110590.jpg
近すぎて全体像が撮れないっていう
P110588.jpg
3年前高台寺で
P100759.jpg
天正15年正親町天皇の勅命により織田信長・信忠の菩提を弔うため
御池御所(現在のマンガミュージアム)に
信忠の法名『大雲院殿三品羽林仙厳大居士』に因んで
大雲院と名づけたお寺を建立。
信長の法名に因んだお寺は既にあったので信忠の法名にしたそう。
P110585.jpg
P110586.jpg
その後、手狭なのを見かねた豊臣秀吉の寄進で同18年寺町四条に移築。
同年、後陽成天皇により勅願寺の綸旨を給い、大雲院の三字を親書された。
本堂にかけられた勅額には菊紋と桐紋があります。
拾い画像
大雲院勅額
その後、商業地化しお参りするのに相応しくないとの判断で
昭和48年4月、現在の地に移築。
P110587.jpg
御本尊は丈六の阿弥陀如来坐像で
胎内仏として三尺阿弥陀如来立像が収められていて
大雲院創建時の御本尊と考えられているそうです。
丈六の仏像だと胎内仏も大きいですね
P110584.jpg
この地は元財閥大倉喜八郎の別荘で
移転の時には既に書院や祇園閣は建っていました。
祇園閣は祇園祭の山鉾を模していて、鉾先には金鶴。
鉾先は鳳凰が多いですが
喜八郎の幼名が鶴吉だから鶴なんだそうです。
P110583.jpg
『内壁や最上階からの展望も含めて写真撮影禁止』の貼紙があり
含めてというのはそれだけじゃなくて全部ダメだと解釈して
外観も撮りませんでしたので以下拾い画像
(拾い画像を勝手に載せるのもダメなんだけどね
でもネット上にはたくさんありますね。
昔は撮影禁止じゃなかったのかな?

本当は金閣・銀閣に次ぐ銅閣を建てたかったらしい。
大倉喜八郎は祇園閣の完成前に亡くなってしまったそうです。
祇園閣3
石のカタチが左右対称。
わざわざ同じカタチに加工した石で作ってあるそうです。
祇園閣
昭和63年秋、開創400年を記念して内部壁面に
葛新民(中国安徽省・巣湖書画研究会副会長)の筆による
敦煌の壁画の模写か完成し、当院に奉納された。
祇園閣5
観無量寿経変想図、釈迦説法図、千手観音図などが描かれている。
祇園閣6
中国風というか
シルクロード的な多国籍な雰囲気の仏画でした。
祇園閣7
私と同時に入った女性が、説明パネルを写真撮ってたので
『日本語分からんのか』と言う目で睨み付けたら
スマホ片付けてましたが
私が一通り見終わって帰ろうと階段を下りてる時に
まだ途中にいたんですね。
人が捌けるのを待って写真撮ってたな
そして今も私が立ち去るのを待ってるなと思い
じっくり見てるフリしてワザと居座ってやりました。
そしたらしびれを切らしたのか
背後からシャッター音が聞こえたんですよね
で、睨みながら振り向いたら
「あと1枚だけ」と訳の分からん言い訳をして去っていきました
悪いことしてるって自覚があるなら
シャッター音鳴らないように工夫したら?
そういう問題じゃないって
祇園閣14
ヒマワリの種部分みたいな○は掌がビッシリ描かれていて
1つ1つに目があります
祇園閣15
資料室には織田信長・信忠の肖像画や
大雲院肖像画
涅槃図、茶道具などが展示されてました。
大雲院展示室
御朱印、直書きでもいただけるとのことで寺務所へ行ったところ
P110582.jpg
書き手さんお1人で、「混んでるから30分待ち」と。
特に予定もないので待たせていただきましたが
その後はお断りされてました。
書置きは祇園閣の絵入り(印刷)
P110631.jpg
織田父子のお墓と、石川五右衛門のお墓があるそうですが
見逃しました~。


続く、、、

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genre : 旅行

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