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2017-10-29

17.10.28 小浜神社・天徳寺・諦応寺

まだ時間があったので、チョットだけ寄り道。
再訪のところばかりなのでサラっと。

まずは小浜神社
お祭りのとき御朱印いただけなかったので再訪。
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城址とかは前回一通り拝見したのでお参りだけ
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御朱印いただきました。
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続いて若狭町へ移動して天徳寺へ。
泰澄大師クイズラリーの一環です。
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銀杏が色付きはじめてました。
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瓜割の滝
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のせいか水量が多くて
参道でも水の音がゴーゴー凄かったです。
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今回も本堂閉まってました。
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若狭の秘仏特別公開のパンフでは期間中拝観可になってますが
お寺さんとしては団体とか予約の人のみのつもりだったようで
運営側と行き違いがあったようです。
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泰澄さんと所縁の御本尊なので
今年拝観できるとよかったんですけどね
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石仏四国八十八ケ所は前回行ったからと自分に言い訳して
今回はスルー。
滑ると危険だし
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御朱印3種のうち2種は前回いただいたので
今回は弘法大師をいただきました。
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ここまで来たら諦応寺にも寄らないと
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まだチョット早かったですね。
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よく見ると幹の内側に光背と思われる円が彫られてました。
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銀杏って葉っぱの色づきより先に生るんでしたっけ?
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本堂と銀木犀
お薬師さんは10/8・15・22の3日間だけの公開でした。
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前回見逃してたようですが、石仏がたくさんありました。
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象に乗ってる
P120094.jpg
こちらは獅子
P120097.jpg
御朱印は前回いただいたのでスルー。

今年は若狭の秘仏特別公開、回る時間無いかも
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theme : 神社・仏閣巡り
genre : 旅行

2017-10-28

17.10.28 若狭歴史博物館

10/28は若狭歴史博物館の企画展
P1120069.jpg
『知られざるみほとけ~中世若狭の仏像~』へ行ってきました。
知られざるみほとけチラシ
10/29まで。 ギリギリ間に合った。
知られざるみほとけチラシ裏
若狭歴史博物館のFBは解説が細かくて
惜しげもなく写真も掲載されていて
見てると実際に見に行きたくなるんですよね~。
以下画像無断拝借

明通寺所蔵の十二神将立像12躯(鎌倉時代:寺外初公開)
十二神将は薬師如来に従い
薬師如来を信仰する人びとを守る存在として祀られてきました。

明通寺 十二神将立像2
瑞伝寺所蔵の地蔵菩薩坐像(鎌倉時代:県指定文化財)
仏師幸千という制作した仏師の名前と
承元三年(1209)という年号が仏像の内部に墨で書かれています。
仏師の詳細は分かっていませんが
仏像の様式からは慶派の流れをくむ仏師ではないかと考えられます。
若狭において、制作年代だけでなく作者も明らかな作例は
この地蔵菩薩坐像のみです。
衣文が太いところがポイントで
ここまで太い襞で表現されている類例はあまりないそうです。

瑞伝寺 地蔵菩薩坐像
国分寺所蔵の薬師如来坐像(鎌倉時代:重要文化財)
衣の襞まで美しく、特に薬壺を持った左手肘から足にかけての
流れるような襞がイチオシだそうです

国分寺 薬師如来坐像
中山寺所蔵の毘沙門天立像(南北朝時代)
玉眼と書いてあったけど、絵の具で描いたようにしか見えなかった。
ガラス越しだから、光の加減かな?
中山寺 毘沙門天立像
邪鬼のこの顔! このポーズ!
お堂の中でマネしたのが懐かしい
中山寺 毘沙門天立像 邪鬼
竜前区の薬師如来立像(鎌倉時代:今回唯一の銅造仏)
仏像の背面に宝治二年(1248)という年号が刻まれています。
展示室では仏像の背後も見られるようになっていますので
この制作年代を確認することができます。

竜前区 薬師如来立像
正明寺(若狭町)所蔵の地蔵菩薩立像(鎌倉時代)
「つまとり地蔵」「草取り地蔵」とも言われています。
暑さと疲れから眠り込んでしまった下女の代わりに
地蔵菩薩立像が田んぼの草を取ってくれたという話です。
お地蔵さまの衣の裾や袖には土が付いていたと昔話では語られています。

正明寺 地蔵菩薩立像
飯盛寺所蔵の薬師如来坐像(鎌倉時代)
寄木造で像の内側がくり抜かれています。
これにより出来た内側の空洞に
お経や香木、中国のお金など8種類のものが納入されていることが
平成10年にわかりました。

飯盛寺 薬師如来坐像
その中には『摺仏(すりぼとけ)』と呼ばれるものも入っていました。
摺仏とは、仏や菩薩などの画像を木版に彫り
紙や布に墨などに印刷したものを言います。
薬師如来や地蔵菩薩、不動明王、十一面観音の版画が納められていました。
本像は今のところ、若狭では唯一の像内に納入品を持つ仏像と考えられます。

摺仏 十一面観音
摺仏 不動明王
髙成寺所蔵の釈迦如来坐像(室町時代)
膠(にかわ:動物の皮や骨などが原料の接着剤)で溶いた金粉を塗った
金泥(きんでい)塗りと呼ばれる技法によるものです。
猫背気味で、肉付きは強調されず、四角い体型をしています。
顔立ちは眉が長く伸び、鼻は太く、唇は分厚く表現されています。
螺髪ではなく毛の流れが細かく彫られ、高く結い上げられています。
また、金属製の宝冠を被っており、とても華やかです。
印相(手指のかたち)は禅定印になっており
釈迦如来像が通常結ぶ施無畏・与願印とは異なります。
ちなみに、禅定印は菩提樹の下で瞑想する姿
施無畏印は人びとの恐怖心を取り去って救済する姿
与願印は人々に慈悲をそそぐ姿を示します。

髙成寺 釈迦如来坐像
足にかかった襞は、うねるような曲線が彫られ
表面には美しい蓮華や唐草などの文様が浮き彫りで表されています。

(截金ではなく彫ですね)
こうした特徴は院派(京都を拠点に活動した仏師集団の一つ)の仏師による
作品であることを示しています。

髙成寺 釈迦如来坐像 裾
釈迦如来像の多くは王族の身分を捨て
出家した直後の法衣だけを身にまとう姿になっていますが
この高成寺の釈迦如来坐像のように、華やかな宝冠を身に着け
禅定印を結ぶなどの特色をもつものは『宝冠釈迦如来』と呼ばれ
日本では禅宗寺院で広く普及しました。
禅宗において『華厳経』の毘盧遮那如来と釈迦如来とが
同体のものと考えられたからだそうです。
毘盧遮那如来は密教の大日如来に通じる仏で
毘盧遮那如来(釈迦如来)も大日如来のように
宝冠などを身に着けた姿に表されるようになったのではないでしょうか。


大智寺所蔵の十一面観音立像(鎌倉時代:県指定文化財)
彩色などされておらず、木材の素地の美しさを活かして彫刻されています。
こうした素地仕上げの仏像の裙(くん:巻きスカート状の衣服)の衣文は
省略して表現されます。
しかし『条帛(じょうはく)』とよばれる
左肩から斜めにかけたタスキ状の布の垂れ下がった部分の襞が美しいです。

大智寺 十一面観音立像
羽賀寺所蔵の十一面観音菩薩立像(室町時代)
裙は折り返しや襞が左右対称ではありません。
また裾は右の方へ流れるように表されています。
こうした作例は、鎌倉時代の院派のものにみられるようです。
観音さまが困っている人を助けに行こうとして
一歩目を踏み出そうとしている瞬間をあらわしているそうです。

羽賀寺 十一面観音菩薩立像
馬居寺所蔵の弁才天坐像(鎌倉時代)
琵琶まで含めて全体を一つの木材から彫り出されています。
キャプションには『威厳ある表情』といい感じに書かれてましたが
まぁ中年のオバちゃん
馬居寺 弁才天坐像
小和田区所蔵の大日如来坐像(室町時代)
蓮華座の下に獅子が潰れてます
台座・光背とも当時のものとのことですが
お顔だけえらいキレイですけど後補かな?
高浜町小和田区 大日如来坐像
展示品は少なめだけど、1つ1つじっくり見れるし
すばらしい仏様たちでした
10/6には『若狭和紙で仏像モチーフの小物を作ろう』という
衣の模様やアクセサリーの形を写して絵はがきを作る
ワークショップがあったみたい。
最近の博物館・美術館の企画は面白そうなのが結構ありますね。

来年の2/3~お水送り展があるそうなので
そちらもチェックしたいです。


続く、、、

theme : 旅先の美術館・博物館
genre : 旅行

2017-05-03

17.5.3 小浜神社(空振り)

今日は小浜神社のお城まつり(例大祭)に行ってきました。
11:00~の雲浜獅子(うんぴんじし)の舞の奉納目当てで
9:00に出発して、2時間で到着する予定だったのですが
高速が事故渋滞で3時間掛かっちゃって
奉納に間に合わなかった

知った道順だったのでカーナビを設定してなくて
見ながら走ってたんですが
今庄IC手前の電光掲示板に『事故渋滞 50km規制』と出て
追い越し車線を走ってたので
『50kmでも進んでるならいいか』とそのまま走ったらハマった
ゼンゼン進まないし
今庄ICから敦賀JCTまで1時間も掛かっちゃったよ。
ナビ設定しとけば事前に分かって今庄で降りられたのにね

雲浜獅子は元々埼玉県川越市の祭礼に演技されていたもので
川越城主であった酒井忠勝(さかいただかつ)が小浜城主として入城した際に
ささら獅子の演者を一緒に連れて来たそうで
後に地名の雲浜をつけたようです。
このタイプの獅子舞は西日本では珍しいそうです。
P100333.jpg
というのを昨年、若狭歴史博物館の放生祭展で知って
見てみたいな~と思っていたところ
お城まつりで奉納されると知って行ってきました。

雲浜獅子の奉納には間に合わなかったけど
太鼓の奉納には間に合いました。
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広い通りで待機中も太鼓たたいてます。
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鳥居前まで来て
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演技
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これで終わりかと思いきや、拝殿前でも。
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かなり激しい叩きかたです
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順番に拝殿前で奉納されます。
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こども神輿も。
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お神輿は拝殿の中に入ってもワッショイやってました。
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叩き手が次々交代していくんですが
次に控えてるこの女性がめっちゃパワフルやった
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「いつもはやってるんやけど、今日はちょっと…」
ってことで、御朱印はいただけませんでした。
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小浜神社は小浜城址にあり、石垣だけ残っています。
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P100307.jpg
14:30~雲浜太鼓会本陣で雲浜獅子が見れるとのことで
時間にはまだ早いけど、そちらに向かって歩いていたら
練り歩いていた一行に遭遇。
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後をついていきました。
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まずは子供獅子の演舞
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雲浜獅子は一頭の雌(めす)の獅子をめぐりニ頭の雄(おす)獅子が繰り広げる恋の争いを
勇ましい獅子舞と美しい笛の音にのせて、華麗(かれい)に演じられるものです。
踊りはまず年老いた獅子が雌獅子に恋をして近寄ります。
その間、若い雄獅子は遠くから二頭の動きを見ていますが、やがて自分も雌獅子に近寄ります。
すると年老いた獅子が、若獅子の行動のじゃまをします。
そうして二頭の雄獅子の闘(たたか)いが始まります。
最初は老獅子が優勢(ゆうせい)ですが、 年には勝てず 一息つかざるを得なくなります。
その間、若獅子はここぞとばかり雌獅子に近寄ります。
しかし、一息ついた老獅子は、再び若獅子と雌獅子の間に入って闘いを続けます。
こうした状況を見て、雌獅子は自分の責任を感じて
二頭の 雄獅子の間に入って世の中の常の道を言い聞かせます。
こうしてやがて和解をした後 、仲良く3頭で踊って終わります。

赤いのんが雌獅子ですよね~。
羽根に白いのが混じってる(白髪)のが老獅子だそうです。
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お顔がよく見えなかったけど、鼻の穴がありますね
牙もある。
写真には写ってないけど角もありました。
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大人獅子は二部制みたいで
まず膝を突いて、頭を振って羽根を揺らしてます。
P100348.jpg
その後は子供獅子と同じみたい。
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雲浜獅子(ささら獅子)はライオンではなくて
鹿などの獣が起源らしいことを
後で行った若狭歴史博物館の展示に書いてありました。
P100350.jpg
良いものを見せていただきました
7月の祇園祭・9月の放生祭でも見れますよ~。
P100353.jpg
P100354.jpg
泰澄大師スタンプラリーのために若狭歴史博物館へ寄り道。
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神明神社(小浜市)の八百比丘尼像が
4/28~5/21の期間限定で公開されていました。
神明神社境内の八百姫宮には
八百姫明神として2体の八百比丘尼像(本尊、御前立)が祀られていて
本像は御前立(おんまえだち)にあたる1体で
江戸時代の作だそうです。
右手には願いを叶える宝珠
左手には八百比丘尼の伝説を彷彿とさせる白玉椿の枝を持っています。
思いがけず、よい仏像を拝見できました
若狭歴史博物館のFBより
八百比丘尼像
常設展示の中では
圓照寺さんのお地蔵様が優しいお顔で好きです
地蔵菩薩
帰りも南条~武生間で事故渋滞
南条で降りました。
P100356.jpg

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genre : 旅行

2016-10-10

10/10 大蔵寺

昨日からおっかが2泊3日で旅行に行っているので
Uチャンとお留守番。
こんな日は目覚ましかけずに遅起き
のはずでしたが
隣がリフォームしてて騒がしいので
11時ごろに目が覚めちゃいました。
充分遅いって(笑)

Uチャンにあげて
自分も食べながら新聞読んでたら
三方上中郡若狭町海士坂の大蔵寺さんで16年ぶりの御開帳とな
今日まで開扉されているそうで
お散歩行って、もろもろ片付けて、13:30ごろ出発

さすが3連休。
いつになく北陸道が混雑してました。
南条SAが満車で本道に列ができてました

3時ごろに到着。
Uチャンには車で待っててもらいました。
檀家さんたちがもうお片づけを始めてましたが
「お参りさせてもらっていいですか?」とお聞きすると
「どうぞ。バタバタしててすみません。」と快く迎えてくださいました
G_5575.jpg
忘れちゃって、スマホ撮影です。
本堂
御本尊のことはよく分からず
いただいたパンフレットでも触れられていませんでした。
正面におびんずるさん。
G_5581.jpg
観音堂
若狭観音霊場第十番札所。
G_5582.jpg
若狭観音って公式HPも無いし
検索しても札所名と住所くらいしか出てこないので
どんな観音様がおられるのか気になるところですが
なんでもない日に行ってもお堂の前でお参りするだけだし
御開帳日を知りたい。

左に薬師如来像、右に阿弥陀如来像が祀られています。
G_5579.jpg
33年に1度の本開帳で(最近では2000年)
今回は本開帳から16年後の中開帳です。
聖観世音菩薩像
海士坂(あまさか)厄除け観音と呼ばれているそうです。
鶴州禅寺(開祖)の夢に菩薩様が幾度と現れて
ある日山の中で座禅を組んでいると天から光が射して
光が射した所に朽ちたお堂があって
中に夢に出てきた菩薩様がおられて
よく見ると行基の作といわれる観世音菩薩だと分かったそうです。
G_5576.jpg
面長で、微笑んでいらっしゃって
法隆寺の百済観音様にちょっと似てるかな~って思いました。
羽衣(って言うのかな?)がたなびいてるのが印象的でした。
宝冠のビーズのような飾りもステキでしたが写ってませんね
聖観世音菩薩だから化仏があるはずだけど、宝冠で見えませんでした。
つるんつるんで黒光りしてます。
触りたい衝動に駆られる
G_5578.jpg
御朱印いただきました。
今気づきましたが『観音開扉の日』と書いてくださってます
G_5585.jpg
参拝記念にビーズのスワンをいただきました
G_5585-1.jpg
Uチャンいるし、どうしようかな~と思ったけど
ここだけのために来てよかったです
Uチャンお利口に待っててくれたので休憩で道の駅へ
G_5584.jpg
ここ去年もんも一緒に来たね。
今日はもんの御守と一緒だよ。
G_5583.jpg

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2016-10-03

9/19 若狭彦神社・姫神社

博物館へ向かうタクシーの運転手さんに
「この後どこか行かれるんですか?」と聞かれ
「5時までやってるところ探して行ってみようと思います」
と答えると
「神社なら時間関係ないから若狭彦神社はどうですか」
とお勧めされました。
まぁ御朱印いただくには相応の時間に行かないとダメだろうけど
『もらえたらラッキー』くらいの気持ちで行ってみました。
若狭彦神社(上社)
若狭彦神社と姫神社2社で若狭国一宮です。
P80109.jpg
こういう霊験あらたかな雰囲気好きです
随神門(江戸時代後期)
左右に4神ずつ随神が祀られていますが
木枠がジャマでよく見えなかったので写真撮りませんでした。
P80111.jpg
夫婦杉
P80121.jpg
雰囲気いいわぁ~。
奈良時代初期(715年)に鎮座。
古くから神仏習合し別当には神宮寺があたっていましたが
神仏分離令により仏式が廃され神社として独立。
ただし神宮寺では昔遠敷明神(おにゅうみょうじん)が漁に夢中になり
東大寺二月堂建立の修二会に遅れた為香水を送る事になった故事から
現在でも毎年3/2に行われる東大寺二月堂へのお水送り神事が続けられ
神仏習合の名残が見られます。

手前の四角い部分は
昭和40年の風害で倒壊した方三間入母屋造平入の拝殿礎石らしい。
P80112.jpg
手水 伏水の幸(甘泉)とかいてありました。
いちいちいい感じ
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柄杓の中に宝珠に波が描いてあって可愛い
神紋をデザイン化したものかな。
P80115.jpg
神門の奥に本殿
御祭神は彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと:若狭彦神)
P80120.jpg
お賽銭箱の神紋はこんなの。
P80118.jpg
若宮社
彦火火出見尊と豊玉姫命の御子神である
鸕鷀草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)が祀られています。
鵜の羽で葺(ふ)いた産屋(うぶや)が
すべて葺き終わらぬうちに生まれたための名であるという。
山幸彦は出産している時の姫の姿を見てはならないという約束を破って
鮫(または龍)の姿の姫を見てしまい
姫は夫と子を残して海へ帰ってしまった。
残された父子の下に、豊玉姫の妹の玉依姫が訪れ乳母として育てた。
乳母であり叔母である玉依姫に求婚を迫り叔母と甥の仲で夫婦となった。
そして四人の息子を産み、その四男が後の神武天皇である。

P80119.jpg
1.5kmほど北へ行くと若狭姫神社(下社)があり
御朱印は姫神社のほうでいただけます。
こちらの方が町中にあり里宮の雰囲気。
P80122.jpg
到着したのが16:45
授与所には『外出中 ちょっとそこまで』のカードが
彦神社ですれ違ったお賽銭回収されてた男性だなと思い
お参りしてる間に戻られるだろうと期待しつつ参拝。
随神門
P80123.jpg
こちらにも随神像があり、遠敷神社の扁額も飾られていました。
P80124.jpg
上社もそうでしたが、杜に守られてる感がハンパないね
P80125.jpg
手水 遠敷大明神霊水(桂の井)と書いてありました。
P80129.jpg
神紋は『宝珠に波』
彦火火出見尊が龍宮で手に入れた潮を自在に操る潮盈珠・潮乾珠に因む
P80130.jpg
こちらの拝殿も昭和20年の雪害で倒壊したようです。
P80126.jpg
神門の奥に本殿
上社の6年後(721年)鎮座
御祭神は豊玉姫命(とよたまひめみこと:若狭姫神)
P80127.jpg
P80128.jpg
千年杉が立派すぎ~
P80131.jpg
授与所に戻り、少し待っていたら男性(宮司さん?)が戻られて
御朱印いただけました。
P80143.jpg
こちらから南へ少し行くと降臨地の白石神社や神宮寺があります。
時間があったら寄りたかったですが
お水送りはいつか行きたいと思ってるので
その時までお預けですね。

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